第56話 スティルマン家訪問
魔力の気配で気づく。
敵が玄関で勢揃いして待っている事を。
僕を緊張で殺すつもりか。
いっそ死んだら楽なのにと思う。
実際は死なないから苦労するのだけれど。
一応下調べはしてある。
薄い金髪の小柄な壮年男性が現伯爵のチャールズ・ラッセル・スティルマン氏。
その隣の女性が第一夫人のマチルダ・リリア・スティルマンだろう。
その隣はこの前やってきたジェームス氏。
隣はジェームス氏の妻のコリンヌさん。
さらにその隣は長女のイザベラさん。
次男のエドワルド氏は王都から帰っていない模様だ。
しかし固まってしまう訳にはいかない。
ご挨拶するとしよう。
「はじめまして。リチャード・トレビ・シックルードと申します。本日はお招き頂きありがとうございます」
「チャールズ・ラッセル・スティルマンです。お話はローラやジェームスから聞いております。本日はお忙しいところわざわざお越し頂きありがとうございました。それではどうぞこちらへ」
通常だとこの後軽くテーブルを囲んで自己紹介と歓談だ。
そして今回もその例通りに進行する模様。
従っていれば無礼にならないから。
しかしこうなるとローラだけが頼りだ。
ジェームス氏はうちの兄と同じで微妙に危険だし、他の皆さんは知らないし。
はっ、これがいわゆる吊り橋効果? いや違うか。
軽く会話しながら客間へ移動。
なおちょうど使用人さんが近くに来たので持ってきたお土産を自在袋から取り出して渡した。
木箱でそこそこ重い代物だ。
「わざわざありがとうございます。その木製の箱の中は何でしょうか」
ジェームス氏が目ざとく尋ねる。
「シックルード領は山が近いので、魔獣なんてものもたまには手に入ります。その加工品です。食べるときは調味料を軽く取り除いて焼いていただければいいかと」
ちなみにこれは『森林鉄道名物・雨翌日の一番列車土産・
もちろんそんな商品はない。
例によって視察に行った際に確保して、いざという時の為にストックしておいたものだ。
西京漬けなんてのも当然無いので、ブルーベルに作って貰った。
少しだけ味見したが正直人にやるのは惜しい代物。
まあジェームス氏は肉好きらしいし今後もお世話になるだろうからしかたなく、という事で。
「美味しそうですね。シックルード領は食べ物が何でも美味しいのが羨ましいです」
さては中身を魔法で確認したな。
まあ別にいいけれども。
「いえ、それだけ田舎だという事ですから」
客間に到着。
定型的な自己紹介の後、お茶&歓談タイムだ。
そう言っても僕は話題豊富な方ではない。
本来は陰キャなのだ。
そんな訳で話題も定型句から。
天気の話か、さもなくば……
「それにしても大きくて活気があって栄えている街ですね、ガナーヴィンは。うらやましい限りです」
定番のひとつ、領地を褒めるところからスタートしてみる。
「そこがこの街の欠点でもあるんですよ。その辺はまあ、おいおいという事で。ところで鉱山の方の公社長にも就任されたそうで、おめでとうございます」
おっとジェームス氏、そう来たか。
「鉱山の方はあくまで一時的なものですので。森林公社の方も将来的には運輸部門を切り離して、その運輸部門だけの公社を新たに設立して担当するつもりです」
「森林公社の経営を立て直したのはリチャードさんだとうかがっております。またシックルード領から入荷する鉄インゴットも先月からまた量が増えてきました。おそらくこれもリチャードさんの御尽力の賜物なのでしょう」
ジェームス氏、よく知っていやがる。
きっとジェフリーの件も耳に入っているのだろう。
ここで言わないだろうけれど。
「ところであの鉄道の方は順調ですか。ある程度はウィリアムさんから聞いていますけれど」
おいウィリアム、ジェームス氏と文通しているのかお前は。
思わぬところで裏切り者発見だ。
なんて思いながら返答を考え、口に出す。
「今は近郊鉄道の試験という事で、ジェスタまで路線を延長したところです。現在は試験運転中で、運用開始は9月を予定しています」
「近郊鉄道ですか。それはどのようなものになるのでしょうか」
僕にとって話しやすい話題になってきた。
しかしローラとジェームス氏以外、鉄道というものを知っているのだろうか。
その辺は不明だが折角なのでジェームス氏の話に乗らせてもらう。
「以前見学していただいたものより大型の、60名程度の座席がある車両を使用して毎時1往復程度させる予定です」
「なるほど、それはなかなか興味深いですね。ジェスタというとスティルマン領のグスタカールからロト山を挟んですぐですね」
「ええ。うちの領主代行の発案による実験的施策です。近郊の農村や領都がどのように変化するかを確認するそうです」
「なかなか面白いですね。後で是非詳しいお話を聞かせて下さい」
「ええ、もし参考になるのでしたら」
よしよし、会話も無難に出来たようだ。
「さて、御自分でゴーレム車を運転されてきたそうなので、お疲れでしょう。ローラも話したい事があるだろうから、部屋に案内するついでにゆっくり話してきなさい」
おし、速くもローラとじっくり話せる機会、到来だ。
これでローラの本心を聞くことが出来る。
というかウィリアムもパトリシアもジェームス氏もスティルマン夫妻も、きっと誤解をしていると思うのだ。
そもそも僕がローラに好かれる可能性なんてのは、冷静に判断してまずあり得ない。
そもそも好かれる要素があまりない。
家を継ぐ訳でもないし、実家が裕福な訳でもない。
強いて言えばあの春の雨の日、ゴーレム車に乗せたあの一件くらいだろう。
まさかあれでゴーレム車好きになるとは思わなかった。
しかも自分で運転するなんて。
貴族女性らしくない嗜好だ。
我ながらいささか責任を感じざるを得ない。
しかしそれ以外でローラが僕に好意を持つとすれば……鉄道か。
しかしゴーレム車に鉄道、まさに僕と同じ趣味だなと思う。
話していて楽だし、楽しい。
久しぶりに会ってみて、一段と可愛いと感じてしまったし。
「父も兄もリチャード様の事を褒めていましたわ」
歩きながら会話、開始。
その辺は買いかぶりだ。
「公社立て直しの件については、領主家の資金を使ったからこそ出来ただけですよ」
「父や兄はそう見ていませんわ。それに業績だけではありません。たとえば此処へいらした時、御自分で運転されていらっしゃいましたね。
更に言うと、ここガナーヴィンにも一昨日入られていますよね。きっと私達に会う前に、此処の街について自分の目で確認しようとされたのですよね。
この事についても父や兄は高く評価していますわ」
バレていたか。
貴族の宿泊という事で宿屋から領主家に情報を上げたのだろう。
偽名を使わなかったからまあ仕方ない。
「恐縮です。ただ単独で付き人もつけずに動くのは貴族としてはあまり褒められたものではない。そう言われる事もあります」
「今どきそんな事を言うのは古い無能だけですわ。あ、この部屋です。どうぞ」
「ありがとうございます」
ローラが扉を開けてくれたので戸を押さえて中へ。
なかなか快適そうな部屋だ。
ベッドとデスクの他、4人用の応接セットまである。
いいホテルのかなりいい部屋っぽいというべきだろうか。
今朝まで泊まっていた部屋より数段上質でかつ広い。
そしてローラは当然のように僕と一緒に入ってきた。
いいのだろうか本当に。
そう思いつつ話をするために応接セットに座る。
おっとローラ、向かいでは無く隣に座った。
予想外の攻撃!
僕は10%のダメージを受けた。
しかしまだ大丈夫だ、多分。
今日のローラはいつも以上に可愛いから危険だけれども。
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