第55話 僕の責任?

 シックルード領内では僕は領主家の一族。

 だから多少やらかしてもどうにでもなる。


 学生時代は同じような身分の奴が多かったし、表向きは『学生は身分にかかわらず平等』。

 更に『面倒な奴らには近寄らない』を徹底した結果、特に何もなく無難に過ごした。


 更にその前となると……三男ともなると貴族的付き合いなんてする機会も必要もない。

 御披露目なんてのもしなかった位だ。


 つまり僕の貴族としての対外活動はデビュー戦という訳で……

 そんな事を考えると余計に緊張して来た。

 こうなったら少しでも面識があるローラだけが頼りだ。


 はっ、ひょっとして今日のローラが一段と可愛く見えるのは、吊り橋効果にも似たこの状況のせいなのか。

 いや、それはまた別の理由のような気が。


 そんな事をぐだぐだ考えながらゴーレム車を出る。


「広くて使いやすそうな車庫ですね」


「私のゴーレム車くるまもあるんですよ。このミークラです」


 紹介してくれたのはミークラという車名の4人乗りの小型ゴーレム車。


 ミークラは高級車ではない。

 一見するとただの一頭立ての小型ゴーレム車。

 日本車で言うとヤリス程度。


 ただしゴーレムに通常のものと違う魔力反応がある。

 高価な魔法金属を使いまくった高出力仕様だ。

 並みの2頭立てより強力だろう。

 ゴーレム車の方も足回りが標準仕様とは明らかに別物だ。


 ヤリスならGRヤリスの最強仕様。

 しかもそれなりに使われて、かつしっかり整備されている様子。


 なお偽装なのか一般のミークラと同じ水色にペイントされている。

 それでもこいつ出来る的オーラを好き者なら見逃さないだろう。


「いいゴーレム車くるまですね。街中でも遠出でも楽しくて快適でしょう」


 お世辞ではなく本音だ。

 下手な高額車よりわかっている感を強く感じる。


「そう言っていただくと嬉しいですわ。中等部を卒業したらゴーレム車を買って貰うって約束をしていたんです。卒業成績次第って言われたので必死に勉強したんですよ」


「このゴーレム車くるまだと相当成績が良かったんですね」


「ええ、成績はともかく一番欲しかったのを買ってもらいました」


 うーむ、やはりローラとの会話は楽しい。

 鉄でなくとも通じる分野の話が出来る。

 しかも価値観的にも僕と近いものを感じるのだ。


「でも私のゴーレム車くるまの原点は、中等部に入ってすぐの時にのせて頂いたあのゴーレム車くるまなんです」


 ちょっと待ってくれ。

 それは原点にしてはいけないゴーレム車くるまだ。


 日本車に例えれば……改造し過ぎてしまったアルトワークス。

 サスがガチガチ固め、ロールバー装備で居住性最悪、エンジンいじり過ぎて低回転の力がまるでないという感じの。


「原点があれでは少々酷すぎでしょう。乗り心地も悪かったでしょうし」


「確かに乗り心地は今までのゴーレム車くるまと違いました。でもそれ以上に印象的だったのが加速感と減速感、ゴーレム次第でまったく違うように感じるゴーレム車くるまの動き。そして速い速度でうまくカーブを曲がった時の一体感です。

 あれで私は乗り物が楽しいとわかったのですわ」


 ……まずい、というかヤバい気がする。

 つまりローラがゴーレム車くるまだの鉄だのが好きなのは、僕のせいだという事か。

 話があうのは結果的に僕が教育というかその辺を刷り込んでしまったからなのか。

 

 まさか……僕は思ってしまう。

 スティルマン家、僕に『この責任を取れ』というのだろうか。


 いや、それでもローラなら喜んで責任を取りたいという輩が多い筈だ。

 だからそれは無いだろう。


 車庫から屋敷までは屋根付き石畳の歩行路がある。


「便利ですね、こうやって屋根がついていると」


「この街はちょっと買い物をするにもゴーレム車くるまが必要なんです。お店が離れている場所にある事が多いですから」


 ちょっと疑問を感じた。

 だから聞いてみる。


「皆さんご自分で操縦されるのですか」


 貴族なら付き人や専属運転手に操縦して貰うのが普通だ。

 シックルード家でも僕はともかく、父や兄はそうしている。


 しかしローラはごく自然に頷いた。


「ええ。その程度で使用人を呼ぶのも面倒ですから。父も兄もそうしています。ジェームスお兄様は自分で出る時用にはアシスタを使っています。荷物が載って便利だからと言って」


 アシスタとは日本でいうとプロボックスみたいな位置づけのゴーレム車くるまだ。

 ジェームス氏は合理主義者なのだろうか。

 少なくとも一般的な貴族とはかなり異なる価値観を持っている様子だ。

 この前の訪問ではわからなかったけれども。


 僕のスティルマン家に対する印象が1ポイント上昇した。

 どうやら思ったより話しやすそうな感じだ。

 ならそこまで緊張しなくてもいいのかもしれない。


 屋敷の玄関へと到着。


「それでは行きましょうか」


 使用人が扉を開けてくれた。

 そして僕は先程の思いを訂正する。 

 無茶苦茶緊張する! やばい!



※ 今回出て来た自動車関係の用語等解説

 

 ○ ヤリス GRヤリス

   ヤリスはトヨタが販売する大衆向け小型車。国産車で最も燃費がいい市販小型車もヤリスの1グレード。

   GRヤリスは一般のヤリスと見かけだけは似ている。しかしボディはよく見ると欧州仕様の3ドア。エンジンも倍以上の出力。四輪駆動で足回りも、そもそも下回りの骨格までが違うというとんでもない代物。当然お値段も……


 ○ アルトワークス

   スズキの軽自動車『アルト』のハイパワー&スポーツ仕様。現行モデルには設定は無い。近々出るという噂もあったが噂だけで終わりそうな模様。


 ○ サス サスペンション

   車の車輪部分とフレーム部分を接続している衝撃緩和装置のこと。昔のレース仕様(もしくは峠仕様)はパワーを逃がさない&大入力に対応する為に概して動きが固かった。

 

 ○ ロールバー ロールゲージ

   今回の場合は、事故による横転などから車内部のスペースを保護するため、車の車内スペースに組み込まれた金属製パイプ等で作られたフレームのこと。


 ○ エンジンいじり過ぎて低回転の力がまるでない

   ガソリンエンジンの最高出力は、概ね『回転の力(トルク)がある程度ある範囲での最大回転数』近くになる。

   故に最大出力を上ようとすると、高回転領域を重視した設定になってしまう事が多い。そうすると重視されなかった低回転の領域はお察しという事で……

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