第15章 ガナーヴィンの夕日

第57話 前世含めて初めての状況

「さて、折角2人になれました。ずっと今日の今が来るのを待っていたんです。寮からは家族か正式な婚約者以外の異性にお手紙を出せないですから。


 私が学校に行っている間に兄から行ってきたという手紙が来たり、パトリシアにも手紙が何度も届いたりで羨ましかったんですよ、本当に。


 勿論リチャード様から直接私宛に手紙を出せないのはわかっています。ですけれどパトリシア経由で何か連絡いただいても良かったんじゃ無いかななんて。忙しくてそれどころじゃなかった事はわかっていますけれど、ついそう思ってしまいます。


 だからやっと会えた、そんな感じです」


 初手から一方的に攻勢に出るローラ。

 表情や仕草がいちいち可愛すぎる。

 こちらは防戦もままならず削られていく一方だ。


「それでリチャード様に質問です。リチャード様が好きな女の子のタイプとはどんな感じでしょうか。容貌でも髪型でも体形でも、行動でも考え方でも何でもいいです。今後の参考にしますから」


「ローラさんはそのままで充分可愛いですし綺麗ですよ」 

 

 思わず自分らしくない事を言ってしまう。

 いかん、つい厳しい攻撃のせいで本音が出てしまった。

 ただ攻撃が厳しすぎて頭がまとまらない。


 元々僕の人生には前世も今世も女性なんてファクターは無かった。

 おかげで攻撃がいちいちヒットしてしまう。


 ただ言わなければならない事、確かめなければならない事がある。

 それは何とか覚えている。


 仕方ない、今がそれにふさわしい時かわからないが、言うべき事は言ってしまおう。

 それが責任という奴だろうから。


「でもローラさんは僕が婚約者でいいんですか、本当に」


「勿論です。元々私から兄上や父に御願いした話ですから。ただもしリチャード様がお嫌なら理由を教えて下さい。出来る事なら対処します」


 ちょっと待ってくれ。

 それは無い!


「それは無いです。ローラさんは可愛いし頭もいいし、話していても楽しいですし文句ない相手です」


 これだけはローラの名誉の為に言っておきたい。

 誤解されたくない。

 そして、今までの疑問を付け加える。


「ただ何故そうやって僕に好意を持ってくれたのかが分からないのです。ローラさんは見た目だって性格だって成績その他だって非の打ちどころがない。家柄だっていい。それなら僕よりもっといい相手がいくらでもいるように感じるのです」


「その答えを言う前に、ひとつ確かめてもいいですか」


「何でしょうか」


 何だろう。

 ローラは真剣な目で僕を見て、そして口を開く。


「つまりリチャード様も私に好意を持ってくれている。婚約する事にも賛成して貰える。そう思っていいのでしょうか」


「勿論です」


 こういう機会は慣れていない。

 というか前世含めて初めてだ。

 しかしここで言葉を濁すわけにはいかない。

 ローラは素敵な女性だ、それは確かだから。


「良かったです。ならもうひとつ御願いがあります」


「何でしょうか」


「申し訳ありませんが、立ち上がってこっちを向いていただけますか」


 何だろう。

 わからないまま言われた通り立ち上がって、ローラの方を向く。


 ローラも立ち上がる。

 そして不意に正面からくっついてきた。

 いや、抱きしめてきた、かな。

 

「このままぎゅっと抱きしめて下さい」


 触れている部分全体が柔らかくて熱い。

 何かいい匂いがする気もする。


 何と言うか、駄目だ、溺れそうだ。

 そう思いつつも言われた通りローラを抱きしめる。

 思った以上に華奢で壊れてしまいそうだから少し力を加減して。


 ローラの顔が近すぎて呼吸をしていいかどうかも不安になる。

 吸うのはいいが吐くのは何か出来ない。

 それで呼吸が苦しくなりそうになってそろそろ危険だと思った頃、


 ようやくローラが腕の力を緩めてくれた。

 僕も腕を放す。


「ごめんなさい。ちょっとはしたなかったです。でもずっとやってみたかったんです」


 やっぱり可愛い。

 何となくそうしたくなったので手で頭を撫でてやる。


「もう、ありがとうございます。それじゃ座りましょうか」


 僕が座ったらローラ、今度は僕にくっつくようにすぐ横に座る。

 くっつくようにというか、思い切り足がくっついている。

 こちらは長ズボンなのにその部分がやっぱり熱く感じる。

 落ち着け、僕。


「それじゃさっきの質問の答えです。


 実は私、今まで何度か婚約のお申し込みをいただきました。親経由でも、本人からも。ただどうしても『いいな』と相手に思えなかったんです。


 初等学校の時も中等学校の時も、高等教育学校に入ってからもです。でも1人だけ、この人ならいいなと思った人がいます。

 それが中等学校に入りたての頃、道に迷った私をゴーレム車に乗せてくれた人、つまりリチャード様でした。


 何故リチャード様はいいなと思えたのだろう。最初は私自身わかりませんでした。ただリチャード様が学校の外れでゴーレム車を改造したりしているのを見たり、パトリシアのお兄様だと知って話を聞いたりしているうちに何となくわかりました。


 それまで話があった人は皆、自分の家や私の家、貴族の階級で自分を説明していらっしゃいました。○○伯爵家の跡取り予定だとか、家は○○侯爵家だとか。御自分の話ではなく家の話で私にアピールしていたんです。


 ただあの日のリチャード様は違いました。何せパトリシアのお兄様だという事も、パトリシアに教えて貰うまでわからなかった位ですから。


 あの日の話にはお名前も家名も出ませんでした。話したのはゴーレム車の事ばかり。お父様から買って貰ったゴーレム車だけれど、安物で遅い。でも軽くしてタイヤを変形しにくいものにすれば少し速くなる。乗り心地は悪いけれど、速く思い通りに走れると気持ちがいい。


 私の知らない、普段考えた事もない話ばかりでした。そしてあの時乗ったゴーレム車くるまも私が今まで乗った事のあるゴーレム車くるまと違いました。


 全てが全く違う知らない世界。ただそれが不思議と心地よかったんです。話も雰囲気も、そして私の知らないゴーレム車くるまの動きも。


 そして高等教育学校に入ったある日、パトリシアからリチャード様の事をお聞きしました。


『何でも鉱山に変わった乗り物を作っているみたいよ。変だけれど何か業績も上がっているみたいだって』


 そう伺った時わかったんです。リチャード様はきっとあの時のままなのだろうと。貴族社会にいながら自分独自の世界で生きているのだろうって。

 

 是非とももう一度お目にかかりたい。そう思って、夏のお泊まり会をパトリシアに御願いしました。そしてあの時以上に自分の力で自分の世界を作り上げているリチャード様に出会えたのです」


 買いかぶり過ぎだ。

 僕はそう思う。

 僕は貴族の3男で、継ぐという選択肢が無かった。

 それだけなのだ。


 ここで一応言っておこう。

 今後幻滅されるとダメージが大きそうだから。


「僕が家の名を出さなかったのは、単にそのような機会ではなかったからというだけだと思います。それに僕自身、貴族で親が領主だからこそ、こうやって事業をやってこれたんです。自分の力とは言えません」


「4男だろうと5男だろうと自己紹介の時には真っ先に家の名前を出しました。そして家の価値で自分を飾っていましたわ。少なくとも私に婚約を申し込もうとした方々は。


 それに今の地位そのものは貴族という生まれのおかげだとしても、新しい事をして今まで以上に発展させたのはリチャード様の功績です。


 実はお兄様方の手紙である程度の事情は聞いています。鉄鉱山の業績を向上させた事も、森林公社を立て直した事も、再び傾いた鉄鉱山を復活させた事も。


 新たに作る公社の事も伺っていますわ。リチャード様が始めた鉄道という事業を、リチャード様が集められた人を中心にして開始すると。


 その件についてはうちのジェームスお兄様からも御願いが多々あると思います。シックルード伯爵家の領主代行とお手紙でかなりの事まで話し合っておいでらしいですから」


 やはりウィリアム、僕に黙って裏工作しまくっている模様。

 ならあの近郊鉄道も間違いなくジェームス氏と共謀した結果だろう。


 あともう一つ、ローラに確認しておかなければならない事がある。


「それに僕は3男ですから家を継ぎません。ですので貴族であるのも一代限りです。子孫には身分も地位も継ぐ事が出来ません。

 それでもいいのでしょうか」


「勿論です。それに新しく作られる公社はいずれ独立した商家形態にされると伺っています。


 ジェームスお兄様とシックルード伯爵家の領主代行とでそのような方針で話を進められているそうです。最低でも両方の領地で展開する以上、どちらかの領有とする訳にはいかないからと。


 勿論商会の長はリチャード様に任されるそうです。それでしたら中小の貴族よりもよほど将来は明るいのではないでしょうか」


 おい待てウィリアム。

 あの陰謀野郎、そこまで話を進めてやがったか。


 ただ、それで僕に取って不利益があるかというと、全く無い。

 鉄道網は広がり発展するし、それに僕は関与し続けられるし。


 それにやっぱりローラは可愛いから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る