第42話 妹からの手紙

 家に帰り夕食を取った後、自室にてパトリシアからの手紙を開封する。

 話はうまくローラに伝わっただろうか。


 もちろん手紙1通とたった十数日の期間で全て話がまとまるとは思っていない。

 それでも幾ばくかの期待を込めて手紙を広げる。


『リチャードお兄様も相変わらずお元気なようで良かったです。こちらは第2学年が始まり忙しくなりました。


 特に新しくはじまった魔術理論の授業が大変です。ただ落第しそうになって退学した穀潰しのようにはなりたくないので何とか頑張っています。

 

 実際ああいう穀潰しが身内にいると迷惑ですよね。落第が理由で退学した話、既に学校内でも広まっています。面と向かってあの馬鹿の事を聞かれた事はありませんけれど』


 ジェフリーに対してよほど頭にきているのだろう。

 以前は一応お兄様と書いていたところが『穀潰し』とか『あの馬鹿』になっている。


 平民の半数は貴族を敵視している。

 貴族社会の基本は牽制と足の引っ張り合い。

 全寮制の学校はそんな社会全体の縮図みたいなものだ。

 パトリシアもさぞかし大変だろう。


 王都で行事をこなしている父も大変なのだろうな、そんな事も思ってしまう。

 いつもはあまり気にしないのだけれども。


『お手紙拝見しました。ローラのお兄様がいらしたそうで。

 ローラによるとジェームス兄様は、『優しいし頭もいいけれど、時々何を考えているのかわからない時がある』そうです。ウィリアムお兄様と同じような感じでしょうか。


 リチャードお兄様はさぞかし緊張なされたと思います。前にも『人付き合いは苦手だ』と言われていましたし。


 ただリチャードお兄様は『苦手だ』と言いつつ如才なく何でもこなす方ですので、私が心配する必要は無いのでしょう。森林公社の方も絶好調のようですし、学校も成績優秀者で卒業されましたし』


 いやパトリシア、それは違う。

 森林公社は領主家予算による鉄道整備がうまくいっただけだ。

 優秀なのは僕では無く鉄道というシステムの方。


 学校時代の成績も大した事は無い。

 成績優秀者と言っても最優秀ではないので上位1割というだけ。

 しかも貴族で無ければ成績優秀者になれなかったくらいの微妙さ。

 平民で成績優秀者になれなかった中にも僕より優秀なのがあと数人はいたと思う、きっと。


『ただウィリアムお兄様もヘンリーお兄様も、そしてリチャードお兄様も成績優秀者だったおかげで少しだけ助かっています。あの馬鹿の件があってもシックルード家そのものが馬鹿という話は出てこないので。


 ただ、その分私にプレッシャーがかかってしまうのです。これもあの馬鹿のせいと思うと、此処でも書けないような事をつい思ってしまいます』


 それは、まあ……

 僕としては頑張れとしか言えない。  

 

 さて、そろそろ本題だろうか。

 僕は更に読み進める。


『あと、夏にスティルマン伯領へと招待された件、おめでとうございます』


 えっ! おめでとうなの?

 そう思いつつ更に先へ。


『これで婚約の話が決まれば、私もローラと姉妹という事になるのでしょうか。

 ローラは性格もいいですし頭もいいです。実は勉強でも何かとお世話になったりしています』


 いや、だから違う! 理解の方向性が違うぞパトリシア!


『ローラ、見た目がお兄様も実際に会って知っている通りですし、実家もスティルマン家。

 ですから学校でも何かと大変なのです。勘違い系の先輩にいきなり告られたり、同級生の一部にもしつこく誘われたりという状態で。


 今は私やリディア達でがっちりガードしていますけれど、これで婚約が決まれば少しは落ち着くと思います』


 なにをやっているのだ、パトリシアはと思う。

 お前もローラと同じ年齢だろう。

 そんな行動をしていると自分の相手が見つからなくなるぞ。


 ただ勘違い野郎が出てくるのは理解出来る。

 ローラ自身に魅力があるだけではない。


 スティルマン家は家格もいいし金持ち。

 だからその娘が自分の正妻ならば自分の発言力も上がる。

 貴族社会でも、自分の家においても


 それにしてもパトリシア、完全に誤解している。

 だいたい僕とローラではどう考えても釣り合いがとれない。


 そもそもローラ自身の意見はどうなっているのだ。

 そこが一番重要だろう。


『お兄様もローラとは話があうようですし。この前お邪魔した時、あれだけ話すお兄様を初めて見ました。

 家格はスティルマン家の方が上ですけれど、同じ伯爵家ですし問題はないと思います』


 いや、だからローラ自身の意思はどうなのだ。

 家格だって同じ伯爵家とは言えかなり違う。


 そもそも貴族とは言え三男坊、跡取りでない事確実な奴に婚約の需要なんて無い。

 それなら平民でも中規模以上の商家の息子の方が価値が上だ。


 商家なら跡取りでなくとも支店位は任せて貰える。

 上手く行けば暖簾分けして独立も可能。

 その分後の代に残せるものもある。


 そんな感じで手紙を最後まで読んだ。

 そして理解した。

 ダメだこれは。

 こちらの意図を理解していない。


 仕方ない、もう一度手紙を書くとしよう。

 僕はそう決意する。


 前回の手紙では遠慮して書かなかった事もあえて書く。

 ローラならもっと良い相手がいるだろうとか。

 貴族家でも三男坊では次の代の職の保証が無いだろうとか。


 それでも僕がローラを嫌っていると誤解されてはまずい。

 だからそちらのフォローも勿論書く。


 実際僕自身はローラを嫌っている訳では無い。

 むしろ好意を持っていると言ってもいい位だ。

 ただ結婚相手としては僕とローラは不釣り合いなのではないかと思うだけだと。


 何回か文書を校正し、ある程度納得が出来る文章になったと判断したので清書する。


 これで問題はないだろう。

 前回の手紙はわかってくれるだろうと思って内容を省きすぎたのだ。


 だからあえて今回は僕がどう考えているかをしっかり書いた。

 ローラとは立場上も釣り合っていないだろうとか。

 ローラが興味を持っているのは僕自身では無く鉄道の持つ可能性だろうとか。


 明日、この手紙をヒフミか誰かに頼んで出して貰うとしよう。

 手紙を読んで書いてで随分時間がかかった。

 睡眠時間確保の為にももう寝るぞ。


 僕はガウンを脱いだ後ベッドに入って目を閉じる。

 おやすみなさい……

 

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