第43話 自分の為の推し活

 パトリシアへの手紙を出したがどうにももやっとする。

 何かとんでもないミスをしているような気がするのだ。

 それが何かはいくら考えてもわからないのだけれども。


 こんな時は気分転換をするに限る。

 一番いいのが推し活だ。

 そして僕の推しと言えば勿論鉄道。


 そんな訳で事前に重要事項がないのを確認の上、幹部会議を次席であるミロンド副長に任せ、事務所を出る。


 マルキス君は置いてきた。

 正確にはちょっと用事という感じで部屋を出て、そのまま撒いてきた。

 推し活をするなら一人の方が気楽だからだ。


 いちおう石灰石鉱山に行く旨はミロンド副長に告げてある。

 だから行方不明で騒がれる事はあるまい。


 向かった先は操車場。

 朝一番の作業列車に乗車する。


「えっ、鉱山、いや公社長! 何でいるんですか」


 早速見つかってしまった。

 相手は鉱山から移ってきたばかりのゴーレム操縦者だ。

 鉱山長時代は毎日ゴーレム操縦の部屋まで見回っていたのだから、顔を知っていて当然。


 勿論見つかった時の言い訳は考えてある。


「最近現場の方を見ていないからな。石灰石鉱山まで軽く視察だ」


「サボりだよな、午後の巡回と同じで」


 これは運転助士席にいた工房のモリア主任。

 朝の一番列車は路線の安全確認を兼ねている。

 その為に工房の主任級が毎回1名乗っているのだが、今日はモリアの番だったようだ。


 今の2人の台詞で周囲が妙に静まりかえった。

 ええーっという表情と恐る恐るという視線。

 どうやら今の僕は鉱山長時代と違い、怖い人扱いされている模様だ。


 森林公社でも毎日、事務所にある各部署には顔を出している。

 だから平公社員でも概ね僕がどんな人間かは理解して貰えている。


 それでも平社員では無く幹部の方は僕を怖がっている節はある。

 就任後1ヶ月ちょいで森林公社No.3のハルゼイを切ったり、組織をガラガラポンしたりしたから無理も無い。


 しかし森林公社は鉱山と違い、事務所内におらず現場に出たままの勤務員が多い。

 その辺りには僕という人間は浸透していない。


 ただ森林公社にずっといた連中と違い、鉱山の方から来た連中は僕の事をよく知っている。

 モリアは工房員の常として僕に対しても遠慮は無い。

 だから今日も何も考えず、気軽に声をかけてきた訳だ。


「まさか現場のあら探しとかじゃないですよね」


「そんな面倒な事はしないだろ。単なる息抜きだ、きっと」


 これは鉱山から移って来た名前を知らない勤務員とモリアの台詞。

 勤務員の方は仮に勤務員Aとしておこう。

 それにしてもモリア、僕をよく知っているだけに酷い。

 事実その通りだったりするけれども。


 僕という人間が現場の連中に浸透するにはちょうどいい機会だ。

 これをチャンスとして僕も軽い調子で返答する。


「あら探しなんて面倒な事はしないから安心しろ。そんな面倒な事は担当上司の仕事だ。

 そう言えば石灰石鉱山のシステム、新しくしてから見に行っていないと気付いたから、どんな感じか様子伺いだ」


「この前、領主代行と見学したばかりだった筈だよな」


 モリア、厳しい。

 工房員だけあって僕の動向をよく知っていやがる。


「そうだけれどさ。領主代行2人に挟まれた状態で落ち着いて見学なんて出来ないだろ」


「うちの領主代行は公社長のお兄さんじゃ無いですか」


 これは勤務員Aの方だ。


「あっちは10歳以上年上で、この先伯爵になる事がほぼ確定。こっちはまだ18歳で、領主家という事で名目上公社長をさせていただいているという立場。同じ兄弟でも全然違うぞ」


「そんなもんなんですかね」


「そんなもん」


 これらのやりとりで、少し空気が落ち着いてきた。

 どうやら周りの皆さんも少しは『大丈夫』と思ってきた模様。

 ついでだから更に軽口を叩かせて貰おう。


「だいたい公社長だからと言って、ずーっと年上の偉そうなのばかりと仕事するのも疲れるぞ精神的に。こちとらまだ18歳。たまには面倒な事務所抜けて息抜きしたってバチはあたらないだろ」


「公社長、やっぱりサボりじゃないですか」


 勤務員A、よく言った。

 そういう軽いノリでいいのだ。

 しかし僕は一応公社長。

 勤務員の前でサボりと認める訳にはいかない。


「いや、そこは訂正させてもらう。視察だ、視察」


 よしよし、かなり雰囲気が和らいだ。

 それでは落ち着いて鉄的チェックを開始するとしよう。


 現在乗っている客車は最新鋭の貫通型両運転台付自走客車、クモロ306形。

 車両の種類が増えてきたので、どこぞの国鉄よろしく車両の形式を記号と数字で区別することとしたのだ。


 どこぞの国鉄と違って客車も貨物も機関車も同じ法則で名付けている。

 僕自身としては貨車、機関車、客車、自走客車はそれぞれ別の規則でつけたかった。

 機関車は動輪の数で記号を変えるとか、貨車は積載量で記号を変えるとか。

 

 しかしその方法は合理性に欠けるとカール達から反対された。

 他にもどこぞの国鉄方式に準拠しようとして『合理性に欠ける』と却下された場所が幾つか。

 結果、こういった形式表現になった訳だ。


 さて、この最新鋭自走客車のクモロ306、乗り心地はなかなかいい。

 勿論レールの継ぎ目を超える時、タタッタターンという音や振動はある。

 しかしそれでもゴーレム車より遙かに振動も音も少なく感じる。


 車内の座席配置はロングシート。

 3両編成ならクロスシートにしなくとも作業員全員が座れる。

 そしてロングシートの方が作業用の荷物を積みやすい。

 

 汽車旅に出るならばクロスシートの方がいいと思う。

 駅弁とお茶、場合によってはカップ酒で一杯なんてのもいい。


 しかしロングシートの方も『電車』という雰囲気で悪くない。

 というか勤務員の皆さんとロングシートに座っていると、何となく『通勤電車』を感じてしまう。


 うむ、車体が短いし狭いけれど、これはまぎれもない『鉄道』だ。

 音と振動に身を任せているだけで心と身体が浄化される気がする。


※ 国鉄電車(国鉄の101系電車以降)の車両形式番号

  たとえばかつて中央線を走っていた、全部が赤(というか濃いオレンジ色)の電車、201系電車を例にとると、

  ○ クハ201 クは制御車(運転台付車)、ハは普通車。つまり201系の運転台付普通車

  ○ モハ201 モはモーター付、ハは普通車。つまり201系のモータ付の普通車。

 というように車体番号がつけられる。

  なお、この形式番号の場合、奇数と奇数ー1は同じ系列となっている。たとえばクモハ200は、201系電車の運転台付、モーター付、普通車となる。


 なおJRになってからは各社微妙に規則が異なるようになった。JR東日本はEをつけるようになったし、JR四国に至っては4桁の数字だけでクとかハのようなカタカナ記号がつかない。


※ マッケンジー森林公社の森林鉄道車両型式番号規則

 ○ 3桁の数字

   最初の1桁は1なら無蓋車、2がホッパ車、3が客車、4が機関車。

   2番目と3番目は00から始まり、車体構造が異なるごとに次の偶数にする。

 ○ カタカナ部分

   ク:運転台付、モ:動力ゴーレム付

   サ:運転台もゴーレムも無い客車(付随車)

   イ:特別客車、ロ:屋根・壁・窓付客車、ハ:それ以外の客車

   ト:無蓋貨車、ホ:ホッパ車、ヨ:乗務員室付車

  なお実際はカタカナでは無くこの国のアルファベットでつけられている。日本語に翻訳する過程で便宜上、カタカナに直した。


※ 森林公社保有の車両形式  

  ● 無蓋貨車

    ト100 鉱山時代に試作したのと同型の屋根無し貨車

    トヨ100 ト100に乗務員室がついた貨車

    ト102 自走貨車と共通の台枠仕様で作られた貨車

        屋根無し、運転台なし


  ● 自走無蓋貨車 

    クモト102 動力ゴーレム、運転台付屋根無し貨車


  ● ホッパ車 

    ホ200 ト101と同じ台車、台枠構造のホッパ車

    ホ202 ト102と同じ台車、台枠構造のホッパ車


  ● 客車 

    サハ300 屋根だけ、壁なしの試作客車

    サイ302 御嬢様見学用。クモイ304に更新

    クロ304 機関車クモ404とセットで作られた制御客車。クロスシート、前面は非貫通型で湘南顔

    クモイ304 ローラ&パトリシア見学用トイレ付自走特別車

    クモロ306 貫通型自走客車。ロングシート

 

 ● 機関車 

    クモ400 鉱山時代に作った試作機関車。

    クモ401 森林公社ではじめて製造した機関車。

         クモ400の改良型。猫型ゴーレム仕様。

    クモ402 回転型ゴーレムを使用した支線用・入換用機関車。

    クモ404 本線用・前面が湘南型の強力型機関車

         車体は304形客車と共通

    クモ406 クモ404とほぼ同じだが前面が貫通型

         台枠や台車、ゴーレムがクモ404と同じで車体が306形客車と共通


※ ロングシート、クロスシート

  列車の進行方向、あるいはその逆方向を向いて座るのがクロスシート。JRの特急やグリーン車等のシートがこれ。

  列車の進行方向が左右方向ならロングシート。通勤電車用だったが最近は田舎でも結構ロングシート車両が走っている。おかげで旅行中でも普通列車で駅弁とかカップ酒とかをキメにくくなった。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る