第10章 春の見学会・追加
第37話 見えない、爆弾
何はともあれゴーレム操縦者、新たな鉱山用ゴーレム、そして資材が手に入った。
早速石灰石鉱山と運輸部に投入だ。
おかげで石灰石の採掘量も増えたし運輸部のシフトもかなり楽になった。
更に運輸部に派遣していた工房の面子が戻ってきた。
「よし、マリオが戻ってきたからこれで……」
「治療回復魔法を悪用しないで下さいよ」
勿論これはカールとキットのやりとりだ。
また線路関係でも新たな技術開発があった。
木製の枕木を使用しない線路敷設方法だ。
この世界には石油も石炭も存在しない。
だからクレオソートなんて物も石炭由来で大量にあるなんて事はないのだ。
枕木の防腐処理は木酢液から更に水分を飛ばして濃くした物を使用する。
具体的には、
➀ 濃くした木酢液を満たした水槽に枕木になる木材を沈める
② この水槽全体の空気圧を風属性魔法で下げる
③ この状態で半日置いた後、空気圧を元に戻す
④ このまま半日漬けた後木材を引き上げて、水属性魔法で乾燥させる
なんて手順だ。
しかし石化道床で水がはけにくい構造のせいか、この枕木、現場では割と傷みやすい。
このままでは5~6年後には再整備作業が必要になるだろう、そんな診断結果となった。
なら最初からもう少し持ちがいい構造にしよう。
それで始まった研究開発だ。
「なるほど、鉄骨で組んだフレームを枕木の代用にする訳か」
「ええ。勿論設置の際は今までより慎重に軌間を調整する必要があります。ですが設置後、この鉄骨部分を含む一帯を岩石化させれば、レールと金具以外はほぼメンテナンスフリーに出来ます。
また枕木使用と比べ、レールセットとして軽量なので搬送が楽です」
本当はスラブ軌道のようにある程度の振動を逃がす構造も欲しいところだ。
しかし現状の森林鉄道でそこまで考える必要はないだろう。
いずれ高速化が必要になった時点で、きっと新たな方法論を考えてくれるに違いない。
「わかった。以後はこれで行こう」
これで面倒な枕木加工の手間も省ける。
なお木酢液は此処で使わなくとも殺虫剤として広く需要がある。
だから製鉄場に購入停止を申し入れても問題はないだろう。
木酢液と製鉄場で思い出した。
ウィリアムとの会合の際、こんな話も出たのだった。
◇◇◇
「製鉄場は今後、木材を多く買い付けてくれる事になると思うよ。これも出荷計画の考慮に入れておいてくれると助かるかな」
鉄鉱石が減っている今、何故そうなるのだろう。
当然僕はウィリアムに質問する。
「どうしてそうなるのですか」
「鉱山の鉄鉱石採掘量が減っている分、木炭事業で少しでも補うつもりだそうだ。製鉄場も大変だね、本当に」
シックルード領では木炭事業は森林公社ではなく製鉄場の管轄。
製鉄で木炭を大量に使用する事、高炉等から出る熱を有効活用出来る事、高熱を操る火属性魔法使いを多数雇用している事。
そういった理由で。
木炭はこの国では有用な資材だ。
火属性魔法そのものは一般的ではある。
使用可能な魔法使いも水属性の次に多い。
しかし魔法は継続的に高熱を出すなんて用途には向いていない。
そんな事をしたら術者が魔力を消耗して倒れてしまう。
更にこの国には化石燃料が存在しない。
だから熱源は薪か木炭が一般的。
故に家庭でも業務用途でも木炭を使いまくる訳だ。
「わかりました。営業部に言っておきます」
「まあ今の森林公社の増産具合なら心配していないけれどね。頼んだよ」
◇◇◇
人員も資材も補強できたので増産には問題無い。
というか勝手に増産してくれるだろう。
ただ木材そのものの引き合いも強くなっている。
だから一応営業部には話を通しておいた。
製鉄場の担当者と話をしておけと。
そんな感じで森林公社そのものは恐ろしい程順調だ。
運輸部も伐採管理部も、他の部門もよくやってくれている。
運輸関係と組織の一部を整備しただけなのにとんでもない状態だ。
これもまあ、全ては鉄道のおかげだろう。
さて、それでは目を背けていた事に戻るとしようか。
ローラの御兄様、ジェームス氏を迎えての見学会及びお話し合いの件だ。
なおうちの御兄様は仰った。
「特に警戒する事はないと思うよ。純粋に輸送技術としての鉄道について知りたいだけじゃないかな」
しかし本当に警戒する事はないのだろうか。
僕としては爆弾を最低2つは抱えている気がする。
まず爆弾その1、ローラの件。
勿論僕は問題になるような事を何一つやっていない。
しかし見学会は2回とも、客観的な第三者がいない状態。
更に1回目の見学会の後、ローラは個人として僕に会いに来ている。
つまり邪推をしようとすれば出来る状況。
こういった場合に人間の合理的かつ論理的な思考なんてのを期待してはいけない。
そんな物は感情ひとつで置き去りにされるのだ。
人間全部がとまでは言わない。
しかしそういう人間が多いのは事実。
次に爆弾その2。
スティルマン伯領が栄えているのは地理的位置の優位性のおかげ。
領地は河運船が運航可能な大河2本が注ぐ大きな汽水湖沿い。
更にその湖からは海まで細長い湾で繋がっている。
つまり水運の結節点を領地としている訳だ。
故に大河2本の中間点、湖に作られた巨大な港を中心とした街ガナーヴィンはこの辺り最大の商業都市として賑わっている。
そんな状況で鉄道なんてものが勢力を伸ばした場合。
水運にとっては大きなダメージとなる訳だ。
なら今のうちに手段を問わず叩き潰しておこう。
そう判断してもおかしくない。
他にも僕が気づいていないだけで爆弾は転がっているかもしれない。
そう考えるだけでガクブル状態。
ただそう言っても依頼は既に受けてしまった。
その上で改めてこちらからも招待状を出してしまった状態だ。
せめて心証は悪くしないようにしておこう。
僕はウィリアム経由で取り寄せたジェームス氏の情報を読みながら、当日のスケジュールと各部署への指示を作り始める。
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