第38話 肉系駅弁の傑作

 ついに運命の日は来てしまった。

 僕は前回と同様、カールとともに車両基地に設けられた仮設ホームで来客待ちをしている。

 ヒフミも裏で待機中だ。


「そこまで緊張する事はないだろう」


「そうなんだけれどさ。どうにも落ち着かない。何せ仮にも他領の領主代行がわざわざ来るんだ」


「領主代行といっても領主本人じゃない。それに領主代行の相手は基本的に同じ領主代行であるお前の兄がやるだろう。こっちは説明を振られた時だけ話せばいい。そう思えば前よりは楽なはずだ」


「そうなんだけれどさ」


 カールの言うとおりなのだ。

 ローラという変数が無ければ、だけれども。


 そして僕とローラの兄、ジェームス・ラルトネー・スティルマン氏を繋ぐ線は、どう考えてもローラの存在。

 ローラが話した鉄道、というのもあるけれども。


「来たぞ」


「ああ」


 カールの台詞に短く返答する。

 すぐに大型馬車が見えてしまった。

 ゴーレム操縦者の他には2名しか乗っていない。

 うち1名はウィリアムだ。


 仕方ない、不安は不安としてそれを見せないよう心がけよう。


 馬車が車両基地に作った仮設乗降場の入口に止まった。

 ゴーレム操縦者がさっと下りて扉をあける。

 さて、ご挨拶だ。


「はじめまして。シックルード伯爵家下マッケンジー森林公社長のリチャード・トレビ・シックルードです。本日は遠いところをわざわざおいでいただき、公社全員感激しております」


「はじめまして。ジェームス・ラルトネー・スティルマンです。本日はこちらの急な御願いを快く聞いてこのような場を設けていただき、大変感謝しております」


 ジェームス氏は年齢的にはウィリアムと同じくらいに見えるが、見かけは大きく異なる。


 どちらも色白金髪だが、ウィリアムは戦斧を持たせると似合いそうな筋肉達磨。


 一方でジェームス氏は武器なら細身のサーベルが似合いそうなタイプ。

 身長も僕とほぼ同じ。

 ただよく見ると細いのでは無く細マッチョという奴。

 そしてにこやかそうに見える雰囲気の陰にウィリアム兄と同質の雰囲気を感じる。


「それでは早速ですがこちらへどうぞ。簡単ですが軽食も用意してございます」


 そう言って案内しつつ僕は考える。

 貴族家の長男は基本的に文武両道厳しく育てられる。

 その結果、概ね

  ➀ 真面目で静かな優等生タイプ

  ② 頭はいいが何処か微妙に歪んだタイプ 

  ③ 厳しさに反発してグレるタイプ

といった感じになる事が多い。


 そしてジェームス氏は僕の直観では②のタイプ。

 つまりうちのウィリアム兄と同じ、油断できないタイプと感じるのだ。


 なおこの見学会に際し、ジェームス氏についての資料も当然取り寄せている。

 どの資料を見ても評判は非常にいい。

 うちのウィリアム領主代行と同じように。


 なおかつローラとは兄弟仲が非常に良いとあった。

 そこがまた怖いというか、爆弾がありそうだというか……


「これが鉄道というものなのですか。内装は高級ゴーレム車並みですが、中はかなり広いですね。ローラの言っていた通り、牽引ゴーレムが何処にも見えないようです」


 ローラに対し、此処での見学の件について詳細に聞いたという事だろう。

 油断できないポイントというのがあればひとつアップするところだ。


「ええ。牽引ゴーレムに相当するものは床下に隠してあります。これについては御食事後、テーブルが空いた時に説明させていただきます」


「他では見た事がないゴーレムだそうですね。実はそれを見せて貰うのも楽しみにしておりました」


 まずいかもしれない、そう思ってしまう。

 スティルマン領は経済力がある。

 ならばこのゴーレムを使用して高出力のトラックや動力船を作る事も可能だろう。

 そうなった場合、鉄道の発展が妨げられる虞がある。


 もちろんこの件については領主代行ウィリアムと、そしてカールやキットとも話し合っている。

 その上で『教えても問題無いだろう』という結論も出ている。

 それでも不安になってしまうのだ。


 どうすべきだろう、しかし今更秘匿するのは無理だよな。

 そう思いつつ席に案内する。


 僕とウィリアム、向かい側にジェームス氏が座ったところでこの前と同様にヒフミがカートを押して登場。

 配るお盆の上、汽車土瓶は前回と同じだが、今回のメインは釜飯容器ではなく通常の木製折り詰め風。


 ヒフミが去って扉を閉める。

 そしてカールが告げた。


「先行の搬送列車が出発しました。本列車も発車致します」


 自走客車はすっと動き始める。

 レールの継ぎ目と車輪が奏でる音は今日も最高。

 しかしそれでも今の僕は心が安まらない。


「それでは列車も出発したし頂きましょうか」


 これはウィリアムだ。

 一応奴とは事前に全て打ち合わせをしている。

 だからここから先、質問以外は奴に任せればいい。

 鉄道と僕自身、その他僕しかわからない事に関する質問以外は。


「そういえば前回のここでの御飯は美味しかったとローラが言っていましたね。ただ話に聞いていたのとは容器が違うようですけれど」


 そんなに細かい事まで聞いているのか。

 そう思いつつ、内容的に僕が答えるべき話題なので仕方なく説明。


「あの時は温かいパエリアという事で陶器製の暖かさが伝わる容器に致しました。ですが今回は温めない方が美味しい物も入っております。ですから器もこのような木製にしています」


「なるほど、それでは早速いただきましょう」


 蓋を開ける。


 中をあけてすぐ目に入るのがピンク色のローストビーフと茶色い牛肉のしぐれ煮風。

 なおローストビーフには醤油風のタレとワサビ風のホースラディッシュすりおろしがかかっている。


 ローストビーフの下は錦糸卵と酢飯で、他には塩漬け菜っ葉と同じく塩漬けの大根が申し訳程度に入っているだけ。

 つまりは牛肉メインの弁当だ。


 もちろんこの弁当にも元ネタがある。

 飛騨高山駅の誇る最強の肉系駅弁『飛騨牛しぐれ寿司』だ。 

 ジェームス氏は妹と違って肉が好み、そして肉も鶏肉より牛肉派。

 ならばという事で考えたのがこれである。


 幸いシックルード領は牧畜もそこそこ盛んだ。

 だから牛肉を各種取り寄せ、この弁当にふさわしい肉を厳選させて貰った。

 醤油風のタレは前回の『峠の釜めし』風弁当を作る際に試作した物を使用。

 このタレとローストビーフ、そして下の酢飯が渾然一体となった総合力を味わうがいい。

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