第31話 単行自走客車
領主館を辞した後、ゴーレム車内で僕は考える。
今度の見学会はローラ嬢とパトリシア、僕の3名だけ。
だから列車も出来るだけ小回りがきく状態にしたい。
正しいのは本線用機関車と同デザインの制御客車の組み合わせ。
機回し等せずともそのまま帰ってこられるから。
ただ3人しか客がいないのに2両使うのも勿体ない。
しかし本線用機関車単行ではお客様を乗せるような空間はない。
ここはやはり単行運転可能な旅客車、つまり両運転台式の自走客車を作るべきだろう。
というか個人的に是非欲しい。
専用に作る方が勿体ないなんて言わないでくれ。
将来への布石の為だ、多分きっと。
製造そのものは難しくない筈だ。
基本的には自走貨車の台車と制御客車の車体を組み合わせるだけ。
合理主義を愛するカールにより機関車以外の部品は極力共通化している。
制御客車も自走貨車も単なる客車もホッパ車も無蓋車も、台枠は共通。
台車も動力付、無しの違いはあるけれど取付方法とサイズはほぼ同じ。
違いは客車のバネレートを下げてある程度。
この機会に作ってしまおう。
まだ領主代理からの交付金もある事だし。
鉄の値段が上がっているのが少々不安だけれども。
内装は以前試作した御令嬢用試作客車から流用すればいい。
しかし今度は乗車時間が長いからトイレも必要かな。
御嬢様+僕+操縦者の4名しか乗らないならそのくらいの空間は余裕。
あと人員が少ないから、今回は客室の座席配置も少し変えよう。
僕は緑の中を走り抜けている赤とクリーム色の単行列車を想像する。
うん、鉄的に正しい絵面だ。
あとは車内でのイベントだ。
ただ車窓を見るだけでもいいが、実はこの鉄道、トンネルも多い。
資材置場前からフィドル川出合までの間の
魔法を使った工事の場合、地球とは常識がかなり異なる。
たとえば同じ長さなら橋よりトンネルの方が楽に作れるとか。
更に高度差を克服するため、資材置場前~フィドル川出合間だけでループが3箇所もあったりする。
だから車窓以外にも暇を潰せる物が必要だと思うのだ。
そして今回は、駅弁なんてのを考えている。
この国には21世紀初頭に日本に存在していた食物が概ね全て存在する。
一般的な主食は小麦から作ったパンだが、米もそこそこ一般的で餅すら存在する。
何せバナナやコーヒーやカカオすら国の南部にあったりする位だ。
砂糖も庶民が普通に買える値段で売っているし。
だから構想さえ練れば材料探しには困らない。
ただ一応、ローラ嬢の好みについても調べておこう。
これについても後で実家に問い合わせるだけでいい。
ローラ嬢が滞在するならそういった話も通っているだろうから。
個人的には駅弁はストレートなのが好みだ。
ごちゃごちゃした幕の内系は好みでは無い。
東京駅の駅弁屋『祭』で散々吟味して選んだりした事を思い出す。
東京駅発の駅弁として粋なのはきっと深川めしだ。
しかし僕の好みは穴子押寿し、次点でやまゆり牛 しぐれ煮弁当。
お前は大船軒の回し者かと言われそうだが、好みなのだから仕方ない。
もちろん一時期流行ったレストラン料理の出る観光列車風に、品のいい料理を少しずつ提供するなんて手段もある。
しかし僕はこの手はあまり好きでは無い。
それだけ料理に集中するなら、素直にレストラン等で食べればいい。
列車内はあくまで列車と車窓をメインで楽しむべきだ。
そう思うから。
明日までにこういった事についてはメモにしておこう。
そして自走客車は明日午後1番で工房に依頼する。
何せ現在、働かせすぎた分の休みを取らせている状態だ。
まあ皆さん休みでも出勤していたりするけれど。
家に閉じこもっているよりは工房で物を作っている方が楽しいという連中ばかりだから。
休みの日の場合は作っているものが私物になるだけで。
運輸部に行った筈の5名も休日には工房にいたりするし。
◇◇◇
「書類や人事作業より何か作っている方がいい」
そんな我が儘な
内装は発注しているトイレの部品が来てからになるけれども。
外見は両方に湘南形の顔がついている単行の客車。
正面から見ると何となく岳南電車を思い出させる。
塗り分けは違うけれど赤色の湘南顔だし。
「これ、連絡用にちょうどいいすね。見学会が終わったら運輸部用にも2両くらい欲しいっす」
運輸部に移籍済みの、しかし休日なので工房にいるマリオ君がそんな事を言う。
確かに便利かもしれないな。
しかし、いや待てよ。
「今、搬送列車を機関車と制御客車でやっているのは、貨物列車用の機関車送り込みも理由なんだろう」
確かその為もあって本線用の機関車を使っている筈だ。
➀ 機関車と制御客車で作業員搬送を兼ねてフィドル川出合経由で石灰石鉱山まで行き、
② 石灰石鉱山の積載場で間にホッパ車等を接続して
③ フィドル川出合まで戻ってきて他の支線等から来た貨物車を挟んで
④ 貨物列車として資材置場経由で港まで行く
という流れ。
そして帰りはほぼこの逆順。
こうすれば負担のかかる本線用機関車を毎日操車場近くの整備場所まで持ってこられる。
だから作業員搬送用に自走客車を使う必要はない筈だ。
「使うのはフィドル川出合からっすよ。朝の搬送列車がフィドル川出合についた後、そこからフィドル川支線の奥へ作業員を送り込むのに使いたいんす。
今はフィドル川支線へ行く作業員は、フィドル川出合で搬送列車から下りた後、自走貨車に乗り換えて支線の奥まで行っているんす。けれど無蓋車の乗り心地って最悪じゃないすか。評判悪いんす。
かといって客車を連結すると操縦者から客車の反対側が見えないから入替用機関車を反対側につける必要があるっすよね。だから1両だけで前後に行ける客車があると便利なんすよ。
自走客車に貨車つけた編成なんてのもいいっす。そうすれば送り込みと初期資材運送が一度に終わるっすから」
なるほど。
確かにそういった場合、単行運転可能な客車があれば便利だな。
なら前面は湘南形ではなく、貫通路付きに変更した方がいいだろうか。
そうすれば途中から分割・併合も楽だし。
今後、更に路線網が複雑になれば必要かな。
なら自走客車が1両だけのうちに案をだしておこう。
「カール、今更で悪いがこういうのはどうだ。貫通型と言って、連結時に前後の車両を行き来出来る仕組みだ。具体的には……」
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