第30話 予兆
「ところで最近、テルフォード製鉄場に何か問題が起きているのでしょうか。
テルフォード製鉄場が森林公社から買い上げる石灰石の量、今月分は例年より3割少なかった。
更に鉄インゴットの卸値が先月から5%程上昇している。
石灰石は他にも販売できるし、販路も広げたから問題ない。
しかし鉄の価格上昇は困る。
コストとして響くのだ。
「まずはこの表から確認してくれないかい」
ウィリアムはそう言って、アイテムボックスから出した書類を1枚、僕に渡す。
さっと出てきたところを見るに、僕の質問は予想済みだった模様だ。
記載されていたのはテルフォード製鉄場ではなく、マンブルズ鉄鉱山の資料。
内容は鉄鉱石の出荷量データだ。
昨年12月1日から2月第3週までの出荷量が週ごとに記載されている。
ご丁寧にも前年同期のデータ付きだ。
12月の第1週、第2週は昨年の2割増し。
そこから冬休みである12月5週・1月1週を含め、1割増しくらいに減っていく。
1月2週からは減少速度が速まっていき、2月1週で昨年の9割。
そして第2週が昨年の9割よりやや少なく、第3週が8割5分だ。
「つまり製鉄場の方の原因ではなく、鉱山の産出量減少が原因という訳ですか」
「そういう事だね。更に減ると魔法高炉を維持できなくなる。今のうちに鉄鉱石を他から購入する算段をつけておく必要があるね。他から購入すると鉄鉱石価格は当然上がるけれどさ。
具体的には輸送費を含め12月第1週のマンブルズ鉄鉱山出荷価格より4割程かな。それでも高炉を維持しとかないと後が面倒になる。止めると再開するのに新設に近い費用がかかるからね」
「ジェフリーが早くもやらかしたんですか」
ウィリアムはわざとらしく肩をすくめた後、また書類を1枚寄越した。
今度は鉄鉱山からの週刊定例報告だ。
僕も鉄鉱山長時代は毎週確認して決裁していたから知っている。
「ゴーレムの稼働率が落ち始めていますね。特に最近」
「故障だの交換部品不足だので動かないものが増えだした。まあ秋に予想した通りの展開だけれどね。ちょっと早すぎるかな。
そんな訳で領主代行として鉱山幹部に事情聴取させて貰った。採掘管理部や総務部も原因は把握していたよ。ゴーレムの重整備が出来ない為だとね。
理由は簡単、そういった事が可能な組織も技術者も鉱山組織内に無く、かといって外部に委託も出来ていないから。
これらについては新鉱山長就任時から既に鉱山幹部は把握済み。鉱山長に対してゴーレムの定期補修についての改善策や予算承認請求をしているそうだ。ただ鉱山長の決裁が下りないから予算が執行できない。
なお
何だそれは。
しかし普通は連絡がつかなくても何とかなる。
鉄鉱山も僕が出る際にはそういう体制にした筈だ。
「そもそもゴーレムや選鉱場機器のメンテ代等は追加予算として引き継ぎ時には入れてあった筈ですよね」
今まで機器類のメンテナンスや改良、新設等をしていた工房が森林公社に移籍した。
だから総務部がそういった作業を外注する為、新たな予算案を組んで
なにせそれらの追加予算の策定準備をしたのはまだ僕が鉱山長だった時期。
当然僕はその事を知っている。
「新たな出費項目は新鉱山長が認めなかったそうだ。あくまで従来通りの予算枠でやるように、そういう命令を受けたらしい」
何だそれは。
少しでも考えれば必要だと普通はわかるだろう。
確かあの予算、ジェフリーの性格も考えて現状維持のメンテ&最小限の更新だけにとどめた筈だ。
それさえ却下するとは。
「でも予備費はある筈です。まさか使い切ったなんて事は無いですよね」
予備費は予想外の事態に備え、予備費をプールし次長決裁で使えるようにしてあるお金の事だ。
僕の時は
それだけあれば天候不良等で公社長と2週間程度連絡がつかなくとも何とかなる。
なお鉱山より経営規模が小さい森林公社でも、一応予備費は
僕の場合は毎日出社しているけれども、まあこの辺は定例かつ常識でという事で。
「予備費は元々無い。予算通り行っているなら予備費の必要などない。それが新鉱山長の方針だそうだ。なおそれまで保管していた予備費は新鉱山長が就任当日、持ち出してそのままだそうだ」
駄目だ、想像以上に駄目だ。
というか会社の金を勝手に持ち出してはまずいだろう。
長と言っても何をしてもいい訳ではないのだ。
あくまで本来は領主家の持ち物である公社を、代わりに管理しているだけなのだから。
ただその辺をこの場で指摘するなんて事はしない。
ジェフリーも一応領主家の一員。
だから法的には公社の所有者とみなされる。
だからジェフリーも『領主家の一員として財産を処分する』権利が無いとは言えない。
しかし
つまり既に十分な調査をしたとという事だ。
なら兄弟とは言え三男で別の公社の長である僕が口出しする必要はない。
そろそろ本題に戻ることにしよう。
「それならば当分は鉄の値段は下がりませんね。それに製鉄場に対して納入する石灰石や木炭用の木材、更に納入量が減少すると考えた方がいいでしょうか」
「そうだね。鉄インゴットの値段は通常の4割増し程度まで上がる可能性がある。他領から船便で買い付けた場合の金額がその位だ。
木材や石灰石の納入量は昨年11月の6割くらいまでは落ちるかな。それ以下になると魔法高炉が維持出来なくなるからさ。まあそうなったら鉄鉱石は船で他領から購入だね。
あとは領主代行として、森林公社長であるリチャードにお願いがあるんだけれどいいかな」
何だろう。
「出来る事でしたら」
「あと1ヶ月もしたら鉄鉱山で退職者が出始める。そうしたら森林公社の方である程度受け入れてくれないかな。勿論、領役所の方でも面倒はみるけれどさ」
つまりマンブルズ鉄鉱山、そこまで駄目になるだろうという事か。
一応あそこは僕の元職場で、最初に長として就いた場所。
だからある程度の思い入れはある。
しかしまあ、今は仕方ない。
それに鉱山は土属性を持つ魔法使いが多い。
まさに今の森林公社で不足している人材だ。
「わかりました。出来る範囲で」
「ゴーレムを操縦可能な人材は出来るだけ回すようにするからさ、頼むよ」
ウィリアムめ、全てわかっていて言っているな。
そう思いつつ僕は軽く頭を下げた。
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