第8章 春の見学会

第29話 春の見学会予定

 今、領主館に父はいない。

 この季節、王都では王室行事だの有力貴族主催の晩餐会だの行事が目白押し。

 だから4月末くらいまでは例年王都屋敷に滞在している。


 つまり領主館で対面するのは領主代行のウィリアムだけ。

 この方が僕としては話しやすい。

 余計な気を遣わずに済む。


 実家である領主館に到着。

 顔パスで中に通され、そのまま領主代行の執務室へ。


「やあ来たねリチャード、そっちにも手紙が来たようだね」


 やはりこちらにも手紙が来ていたようだ。

 夏の時と同じだなと思う。


「ええ。スティルマン伯爵家の御令嬢が3月末に御来領なさるという件です」


「春休み、パトリシアが此処へ帰ってくるのに同行してやってくるそうだね。今回もお供無しで」


 どうやら手紙の内容は同じようだ。

 しかし念の為、問題がありそうだと感じた部分について確認をしておく。


「今回は人数が少ないから案内は1人でいい、出来れば前回会っている僕に御願いしたい、これも同じですか」


「ああ、こっちもそうなっていた。問題はないだろう。こっちの手紙にはスティルマン伯の連署もあるからさ」


 いや大丈夫か本当に、思わず僕はそう言いそうになる。

 向こうは嫁入り前の御令嬢なのだ。

 万が一失礼な噂でも流されたらまずいだろう。


 ローラ嬢はパトリシアと同年齢、つまり日本で言うと中2相当。

 しかしだからといって性的な問題が出ないという事では無い。

 この世界、特にこの国の貴族社会にはロリコンが多いのだ。

 21世紀西欧型世界の基準ならば、だけれども。


 常識なんてのは社会によって違う。

 この国は21世紀西洋型社会から見ると早婚なのがむしろ普通だ。


 貴族の御令嬢なら概ね高等教育学校期間中には婚約し、卒業して1年以内に結婚というのが一般的。

 10歳位で婚約、12歳で結婚なんてのも掃いて捨てるほどある。

 なおこの国における高等教育学校卒業は16歳だ。


 ただ連署があるという事は、スティルマン伯もこの手紙の内容を了承しているという事だ。

 ならば僕がそこまで考える必要はないのかもしれない。

 むしろ考えすぎて手紙にある事と異なる応対をする方がまずい可能性もある。


 そう言えば此処までではないが少し気になった事を思い出した。

 夏の見学会の時、御目付役がいなかった件だ。

 ちょうどいい機会なのでこの場でウィリアムに聞いてみよう。


「そう言えば夏の鉄鉱山見学の際、当家からも御目付役がつきませんでしたね。何か理由があるんですか」


「お供はいらない、パトリシアにそう断られたからさ。リチャードのところだから問題無いってね」


 断ったのはパトリシアか。

 御目付役がいると面倒だから、なんて感じかな。

 しかしそれがパトリシア自身の意思だったのかはわからない。


 決めた。

 わからない事を考えても仕方ない。

 スティルマン伯もうちの領主代行も了解しているのだ。

 僕独自の判断をする事は控えよう。


 ただし一応、貴族年鑑その他でローラ嬢の性格や婚約者等について調べておいた方がいいだろう。

 後でウィリアムに資料を借りておこう。


「わかりました。それでは見学の準備をしておきます」


「了解だ。後で僕宛に予定表を回しておいてくれ。今回、僕は下見しない。少しばかり忙しいからね。父も行事で4月末まで帰ってこないから」


 下見はしないのか。

 本当はこの機会にウィリアムに森林鉄道を見学して貰い、更に鉄道の便利さを布教しようと思っていたのだけれども。


 何せ鉱山の時より遙かに大規模かつ本格的な鉄道を運行中なのだ。

 この先の為にもここで布教しておきたかった。


 しかし仕方ない、この季節の貴族は忙しいのだ。

 王都での行事だけではない。

 領内も住民の居住確認だの税金だのその監査だの。

 代官に全てを丸投げしない限り、4月半ばまでは事務仕事満載の筈だ。


「それにしても随分とローラ嬢、リチャードの事業に熱心じゃないか。何か個人的な関係でもあるのかい」


 あの雨の日の件はとりあえず伏せておこうと思う。

 僕自身も忘れていた位だし、説明するのも面倒だ。

 だから常識論で回答する。


「残念ながらそんなのありませんよ。貴族でも三男以降の男子と女子とではそういった付き合いなんてのはありえませんから。単に鉄道に興味を持ってくれただけでしょう」


「その辺はまあ、僕より直接話しているリチャードの方が知っているだろうからね。任せるよ」


 ウィリアム、あっさり。

 ならローラ嬢来訪の件についてはこれで終わりだ。

 後は僕の方で準備して、領主代行ウィリアムに報告を入れるだけ。


 今度は森林鉄道だけの見学会になる。

 ただし夏の時とは異なり、今度は本格的な森林鉄道だ。

 乗車して、何処かへ行って、そして戻ってくるというプランになるだろう。

 距離がある分、見学時間もそれなりに必要だ。


 なら今度こそ、車内で食事なんてのもいいかもしれない。

 なら今度は駅弁を食べながらなんてのはどうだろう。

 勿論この世界には駅弁なんて存在しないので、それっぽく作ったお弁当だけれども。


 勿論そういった小道具だけではない。

 見学列車のダイヤも考えておく必要がある。


 行きは朝一番の作業員搬送列車の続行扱いで、帰りは定期貨物列車のやはり続行扱いというのが無難だろうか。

 その辺もカールやクロッカーと打ち合わせる必要がある。


 しかしその前に。

 僕はまだ此処でウィリアムに聞くべき事がある。

 製鉄場の件だ。


※ ダイヤ

  勿論炭素が結合したモース硬度10の鉱物、及びその加工品の事では無い。ダイヤグラムの略で、運行・運航計画を表現した線図、あるいは時刻表の事。


※ 続行 続行運転

  同方向に2列車(あるいはそれ以上)が続いて運転される事。

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