第32話 森林鉄道見学会(1)
毎朝開かれる幹部会議を今日はキャンセル。
朝の作業員搬送列車の続行運転扱いでお客様用列車が動くのだ。
会議に出ている時間は無い。
勿論昨日、この件については周知済みだ。
本日の予定は前回よりもはるかに簡単。
① 森林公社事務所近くの車両基地で御嬢様方を出迎える
② そのまま自走客車に乗車、フィドル川出合経由で石灰石鉱山まで
③ 石灰石鉱山まで行ったら戻って、フィドル川出合からフィドル川支線に入り、工事中の先端まで
④ フィドル川出合に戻り、貨物列車の続行でライル河川港まで
⑤ 車両基地へ戻る
つまり基本的に列車に乗ったまま。
もちろん各終点で降りて周囲を歩く程度はするけれども。
他には⑤の段階で車両基地を歩くついでに止まっている車両の解説をする程度だ。
なお今回も操縦はカールにやってもらう。
理由は一番信頼できるから。
腕とか知識だけではなく、問題を起こさないという意味でも。
「来たな」
「ああ」
カールの台詞に短く返答する。
すぐに大型馬車が見えた。
やはりゴーレム操縦者の他には2名しか乗っていない。
この辺の安全管理はどうなっているのだろう。
調べた限りではローラ嬢はまだ婚約者はいない筈。
取り扱いを間違えれば一触即発なんて事態にもなりかねない。
馬車が車両基地に作った仮設乗降場の入口に止まった。
ゴーレム操縦者がさっと下りて扉をあける。
さて、ご挨拶といこうか。
「お久しぶりです。昨年夏以来ですね。お元気そうでなによりです」
「リチャード兄、今日はローラだけだから儀礼一切抜きで」
「ええ、私からも御願いします。此処は公的な場ではありませんし、今回はあくまで私の希望でリチャード様に御願いしたのですから」
ローラ嬢のについての情報はひととおり確認している。
この国では貴族子女の性格だの成績だの言動だのといったところまで金で情報を購入できるから。
プライバシーの侵害だなんて言わないでくれ。
貴族社会は情報の戦場なのだ。
僕自身はそんなの苦手だし参戦する気もない。
しかしテロだの誤爆・誘爆だのは何処にでもある。
それに巻き込まれない為にも最低限の情報収集は必要なのだ。
自衛、大事。
それらの情報によるとローラ嬢はこういった場で小細工をしかけるようなタイプでは無い。
というか情報では真面目で癖の無い優等生となっている。
何処か微妙にひっかかる気がするのだけれど、気のせいだろうか。
「わかりました。それではよろしくお願いします。外で立ち話というのも何ですからどうぞこちらへ」
既に仮設ホームには自走客車が到着している。
「あれ、前のと形が少し違いますね。牽引するゴーレムはないのでしょうか」
ローラ、すぐに気づいたようだ。
さすが鉄候補生、見所がある。
「今回の客車はこれ1両で走行可能になっています。新型の小型ゴーレムを床下に埋め込む形で組み込んでいますから」
「そのゴーレムがどのような物なのか、教えて頂いてもいいでしょうか」
「勿論です。用意してあります。とりあえず客車の中へどうぞ」
朝だし春とはいえまだ少し肌寒い。
だから足を止めることなく客車へと案内する。
なおヒフミが待機しているのは前回と同様だ。
今回の列車内は4人がけテーブル席。
向かい合わせのボックス席を広く作って、間にテーブルを置いたような状態だ。
通路は寝台車のように片側、今回は山側を向いて左が通路という形。
これは見て貰いたい物が主に右側にあるから。
「まずはテーブルにどうぞ」
テーブルについたところでヒフミが席にお盆を置いていく。
お盆の上には、
〇 木の蓋がのせられた何処かで見たような陶製容器
〇 同じく陶製の、ポットと言うには安定感ある大きめの蓋付き容器
〇 スプーンとフォーク
というセットが置いてある。
21世紀初頭の日本を知っている人にはベタだと言われそうだ。
しかし調査結果によると、ローラ嬢の食の好みは鶏肉、キノコ、根菜類。
主食もパンやオートミールよりパエリア等の米系統が好きだとあった。
その結果がこれである。
僕自身は弁当なら米の上に肉がドーンと載っているようなタイプが好み。
駅弁ではないが登●平の上州御用鳥●し弁当あたりがいい。
鳥め●弁当は竹こそが至高という人もいるが、僕はもも肉も入った松の方が好みだ、というのはともかくとして。
根菜類系とパエリアが好みというと、やはりこうなってしまう。
駅弁界の超有名処『おぎ●やの峠●釜めし』もどき。
これにあわせて容器の釜も作った。
土属性と火属性の魔法持ちがいれば難しい事など何も無い。
ただ釉薬を適当に自作させた結果、色があの薄めの茶色では無く、黒光りする感じになってしまった。
あと流石に釜の縁に『おぎ●や』の文字は入れていない。
ポットもどきは汽車土瓶と呼ばれるものに似せた代物。
個人的な好みでは軟弱なポリ容器なのだが、そんな素材はこの世界に存在しない。
僕が生きていた頃は既にペットボトル時代で、汽車土瓶もポリ容器も無くなっていたけれど、これもまあ風情という事で。
御嬢様2名には朝食を抜いてきて貰っている。
なお足りない場合に備えて追加の茶や弁当も用意してある。
茶は同じ容器で同じ中身。
弁当は紙箱入りの、万か●サンドもどき。
ただし本物の万●つサンドは箱が小さいと思う。
だから少々大きめ、コメダもかくやというサイズに変更した。
御嬢様方が食べない場合、僕とカールの昼飯になる予定だ。
ヒフミが下車して扉を閉めたところで、僕は魔力感知で先行の搬送列車を確認。
まだ事務所前に停まっているようだ。
「先行する列車がまだ前で停まっていますので、それが動き次第こちらも動かします。それまで少しお待ち下さい」
この僕の台詞はカールにも聞こえている筈だ。
だから前の列車が動いたらこの自走客車も出してくれるだろう。
「ところでリチャード兄、これ朝ご飯だよね。もう食べていい」
はいはい。
「動いた後、外の景色を楽しみながら食べた方がいいとは思うけれどな」
「むう……」
まあでも、確かに停まったままだと手持ちぶさただよな。
そう思ったところで。
「先行列車が動き始めました。この列車も発車します」
カールのそんな台詞とともに列車が動き始める。
「もう食べていいよね」
はいはい。
「どうぞ」
あと、一応汽車土瓶の使い方も説明しておこう。
※ 登利平の上州御用鳥めし弁当
駅弁では無いが、群馬県人なら知っている、群馬県人でなくても知り合いが群馬にいれば割と知っている弁当の名品。
『秘伝のたれと厳選された鶏肉で創業当初から人気を博している「鳥重」を気軽にテイクアウトできるようにした「上州御用鳥めし」。老舗の技と心意気が息づくその味は、県内をはじめ多くの皆様に愛される上州名物です』と店の説明ではなっている。
(https://www.torihei.co.jp/takeout/ より)
なお『松』と『竹』の2種類がある。『竹』は薄切りの胸肉メインで一般的なのはこっち。通と呼ばれる人も竹を選ぶ。しかしリチャード君(と書き手)はもも肉も入った『松』の方が好み。
※ おぎのやの『峠の釜めし』
駅弁界の超有名どころ。だから説明は省略。ただあの釜の容器、旅行中は邪魔になるんだよなと個人的に思っている。毎回持ち帰っているけれども。
※ 汽車土瓶
ペットボトルより前、ポリ容器よりも更に前、駅弁とともにお茶を入れて売られていた容器。陶製でヤカンのような形をしている。
蓋部分がおちょこのような形になっていて、これをコップがわりにして中にお茶を注いで飲む仕組み。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます