第23話 終業時刻半時間前

 終業時刻半時間前の鐘が鳴った。

 僕は読んでいた報告書にしおりをはさみ、机の中にしまって立ち上がる。

 

「そろそろ工事の連中が戻ってくるだろう。様子伺を兼ねて迎えに行ってくる」


「わかりました。庶務に連絡してまいります」


 公社長室を出たところで庶務へと行くマルキス君と別れ、僕は外方向へ。

 外へ出て坂を下りる形で少し歩くと工房と車両基地がある場所だ。


 3本ある留置線には出来たばかりの車両が出番待ちをしている。

 貨車は木材用の無蓋車が主体。

 無蓋車に小さな車掌室がついたものも数台。

 他には石灰石用のホッパ車が数台。


 客車は人員輸送用の屋根だけタイプ3台。

 この人員輸送用に車掌室を付けたもの2台。

 屋根、壁、窓付きの特別客車も3台。


 貨車も客車も鮮やかな赤色だ。


 個人的に貨車は茶色か黒がリアルだと思う。 

 勿論日本の貨車がイメージにあるからだけれども。


 しかし森の中では黒より赤が目立つ。

 いざという時を考えると目立つ方が安全だし便利だ。

 それに鉄鉱山長時代に作った見本品を僕が赤で統一してしまったので、カールもキットも他の面々も『赤が基本』と思い込んでしまっている。


 結果、少しばかり派手な森林鉄道車両が出来上がってしまった。

 だが出来てみるとこれもまた良い。

 色以外はリアル猫屋線という気がしないでもないけれど。


 しかし実は問題がない訳でもない。

 機関車というか、牽引ゴーレムの性能だ。


 内燃機関も蒸気機関も無く化石燃料が存在しないこの世界。

 運送機関に使える動力は事実上魔法で動かすゴーレムだけ。


 しかしゴーレムは出力的にはそれほど強力には出来ない。

 大きさが同じなら元になった動物の5倍程度まで。

 つまり馬型ゴーレムなら1頭5~10馬力程度だ。


 ケーブルカーの巻き取りゴーレムは据え置き式。

 だから大きく作って出力を上げる事が出来た。

 しかしあまり大きなゴーレムは機関車に搭載できない。


 現在、牽引ゴーレムの中には巨大な猫型ゴーレムが入っている。

 同じ大きさのゴーレムなら猫型が一番出力があるとされているからだ。

 本物の猫は持続力が無いらしいけれど、ゴーレムなら関係ない。


 この猫型ゴーレムが前後の足で自転車のようなペダルを回し、その回転がシャフトや継ぎ手を経由して車輪を動かしている。 

 その上に森林鉄道DL風のカバーをつけたのが今の機関車だ。

 だからよく見るとフロントグリル風の場所の奥に猫の顔が見える。


 しかし全長が2腕4m以上ある巨大猫型ゴーレムでも出力はせいぜい通常の馬型ゴーレム5頭分程度。

 つまり出力は40馬力程度といったところ。


 地球の、それも21世紀初頭の日本の感覚からすると圧倒的に出力不足。

 森林鉄道は速度が必要ないといってもあんまりだ。


 たとえば立山砂防のDLは100馬力ちょっと。

 黒部峡谷鉄道のDD形は240馬力。

 今はなき大井川鐵道DB1形は元々が64馬力でエンジン換装後は85馬力。

 現在のDD20は300馬力を超えていた筈だ。


 いずれどんな方法でもいいから高出力を得る方法を考えなければなるまい。

 今の僕はまだ思いつかないけれども。


 ゴトンゴトン、ゴトンゴトン。

 線路工事用に使っている車両が戻ってきた。

 機関車2両で無蓋車5両と車掌室付壁無し客車1両を挟んでいる。


 機関車2両は原始的な協調運転をやっている。

 機関車それぞれを操縦する2名が車掌室に乗り込み、先頭になる方の操縦者が声で後方の操縦者に指示しながら運転するという方法だ。


 機関車もゴーレムだからゴーレムとしての視界で前を見ることが出来る。

 だから操縦者もゴーレムの視界を使えば操縦できる範囲なら何処にいても前を見ることが出来る訳だ。

 枕木付きレールを積載しまくっているから結構重く、機関車1両では出力が足りない。

 だからこういった方法を使わざるを得ない。


 他にもこの方法には利点がある。

 線路は単線で、かつ工事中。

 この車両基地以外では入れ替えも転回も出来ない。

 しかしこの方法ならどちらかの機関車は前を向いている訳だ。

 

 しかしもう少し機関車に出力があればなあとまたもや思ってしまう。

 出力があれば編成の片側だけにつけても、

  ➀ 機関車が先頭の際は、ゴーレムの視覚で操縦(運転)

  ② 機関車が最後尾の場合は、操縦者が反対側の先頭で、自分の視覚で確認しながらゴーレムを操縦(運転)

という方式が使えるだろうから。


 ゴットン、キー。

 工事列車が止まった。

 工事に出ていた5名が下りてくる。


「お疲れ」


「お疲れ様です」


「それじゃ車両の方は頼む」


「わかりました」


 とりあえずそんな風に声をかけあった後、工房へ向かう5人に合流。

 歩きながら先頭のカールに話しかける。


「工事の方はどうだ?」


 工房長であるカールが出向くというのは、カールの魔法でしか対処出来ない程の場所を工事しているという事だ。

 奴なら地質を自由に変化させる事が可能だから。


「ループトンネル部分は完成だ。あとは谷沿いに伸ばしていくだけで何とかなる」


「なら敷設の方は問題無いな」


「ああ、あとは石灰石鉱山下まで難しい場所はない。そこで相談がある」


 何だろう。

 昨日までは特に何の話も出ていなかったけれども。


「わかった。このまま行こう」


「キットも呼ぶ。業務管理も絡む話だ」


 途中で工房作業室に寄ってキットも呼び、そのまま工房棟の会議室へ。


「建設工事の方は山場を超えた。あとはうちの連中なら苦労する場所はない。1週間で石灰石鉱山下まで線が到達、その後1週間で鉱山下の積載場とフィドル川合流地点の操車場を整備出来るだろう。


 車両の製作はもっと順調だ。すでに運行に必要な数は揃っている。現在、工事に使用したり他で試験したりしているが想定通りの性能は出ている。

 

 運行についても問題は無い。当面はうちの面子で行うことになるが、ゴーレム操縦も設備や車両の点検整備も当初の予定通りなら問題無いだろう。


 ここまでは間違いないな、キット」


「ええ。間違いないです。ですがそれがどうかしましたか、工房長」


 何となく何を言いたいのかわかる。

 しかしここでは僕は何も言わない。

 カールの台詞を待つ。


「昨年までと同等の木材の搬出、及び5割増し程度の石灰石搬出はこれで間に合う計算だ。だから今後を考えなければ今のままで問題無い。

 ただし今後、運送量が増え運行本数も増えた場合、今の状態では早々に輸送量の限界が来る。

 理由はわかるな、リチャード」


 答えはすぐに出る。

 何せ先ほどまでその事を考えていたのだ。


「ゴーレムの出力か」


 カールは頷く。


「正解だ。力が足りない。鉄道はゴーレム車より少ない力で多くの物を運べる。しかしそれでも限界がある。限界を超えるには動力になるゴーレムそのものを考え直さなければならない」


※ DL

  ディーゼル機関車のこと(Diesel locomotive)。


※ 猫屋線 

  株式会社トミーテックの『鉄道コレクション ナローゲージ80』で展開されているシリーズ商品。非電化ナローゲージ路線という設定の仮想鉄道『富井電鉄 猫屋線』車両を80分の1スケール、Nゲージ軌間でモデル化したもの。

  地方の懐かしいローカル線という雰囲気で書き手好み。雰囲気もちょうど森林公社編に出てくる車両と同等。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る