第22話 傾斜が問題だ

 その後半日各部署を廻り、更に幹部会議で全体に周知し……

 慣れない森林公社での部署廻り、正直痩せる思いだ。

 これ以上痩せるとスケルトン状態になってしまうけれど。

 

 日本にいた頃の僕は小太りというか、BMIが35を超えていた。

 しかし今の僕は太れない体質。

 前世で『太れない体質の奴が羨ましい』と思っていたのが叶ったのだろうか。


 なんて愚痴はおいておいて、とりあえず根回しも、大幹部の懐柔も、そして人員を出して貰う話も無事通した。

 まあ半分以上はカール&キットのプレゼンのおかげだけれども。

 

 そんな訳で工房の会議室では現在、本線及びフィドル川支線のコース策定中だ。

 当然僕もその中に陣取らせて貰う。


 部下に任せておけばいいなんて言わないでくれ。

 僕は長をやりに来たのでは無い。

 鉄道を広める為に此処に来たのだから。


「ここはいっそトンネルにした方がいいだろう」


「でもこの付近は風化した花崗岩です。やたら崩れやすくて掘るのは無理だと思います」


「最悪の場合は技師長の出番ですね」


「此処では工房長ですよ。工房長、土属性もレベル6なんで。だから地質も地形も無視していいです。最悪、工房長を働かせれば何とかなりますから」


「ちょっと待ってくれ。何でそんな高レベルの魔法使いがこんな所で工房長なんてやっているんだ」


 そんな会話を聞きつつ、僕は所々に赤線が引かれた地図を見る。

 実は工房の連中、それなりに手練れ揃い。


 土の成分を変える事は流石に出来ないが、固さだの状態だのを変えるのはカールで無くとも可能。

 だからまあ、計画さえしっかり出来ていれば工事の心配はしなくていい。


 元々森林公社は鉱山と比べると魔法持ちが少ない。

 ある程度持っていても水属性か、水と地の合成属性である木属性。


 水属性といっても河を溢れさせる程の魔力は無い。

 レベル3程度、つまり水流をある程度操作できる位。

 洪水を起こして木材を流す際には有効な魔法だが、渇水状態ではあまり出番が無かったりする。


 さて、そんな感じでコースを策定中、少しばかり難問が出てきた。


「製鉄場近辺から伸ばして、傾斜は最大100分の4以下という規則ですよね、確か」


「ああ」


 100分の4、つまり日本の鉄道風に言うと40‰。

 僕がいた21世紀初頭のJR在来線の最大傾斜が飯田線の沢渡駅-赤木駅間にある40‰だった。


 なお黒部峡谷鉄道本線は最大50‰。

 更に箱根登山鉄道は最大80‰だったりするけれど、アレは特別。

 更に大井川鐵道井川線は最大90‰なんてのもあるけれど、これは流石にラックレールを使ったアプト式となっている。


 さて、キットの台詞に僕は頷く。

 彼が何に気づいたかはわかっている。

 その解決策も実は思いついている。


 しかしひょっとしたら僕の予想外の解決策が出てくるかもしれない。

 だから最初はとりあえず何も言わない方針だ。


「ある程度川沿い、トンネル少なめで多少迂回ありのコースを取ったとします。それでもこの地点から先は傾斜を急にするか、この先を全て地下にしない限り線路を引くことが出来ません」


 全部を地下にするか。

 それは流石に僕も考えなかった。

 もしそうした場合、どうなるのか聞いてみよう。


「参考までにそこから先、石灰石鉱山までを地下にしたと仮定しよう。工期や予算はどのくらいになる?」


「予算はまあ、うちの面子で土属性強いので総当たりで行けば何とか。ただ工期は流石に伸びますね。半年以上はみていただかないと」


 却下だ。

 仕方ない、ここは前世の知識で何とかするとしよう。


「一応対処策はいくつか考えている。ひとつは……」


 僕が考えた、というより前世で鉄道が高度を稼ぐために使われていた方法は、

  ➀ スイッチバック

  ② ループ線

  ③ アプト式

の3通り。

 

 ただアプト式は出来れば使いたくない。

 輸送のボトルネックになってしまうのは明らかだから。


 ここが地球ならばスイッチバックがきっと正しい。

 たかが森林鉄道にループトンネルなんて贅沢すぎる。


 それに緑鮮やかな中をスイッチバックしていく鉄道、なかなか絵になる。

 姨捨駅の見晴らしは最高だった。 

 立山砂防の連続スイッチバックもやはり最高、無理矢理上っていく感じで。


 しかしスイッチバックは進行方向が逆になってしまう。

 ポイントの管理も必要だ。

 そして此処には高レベルの土属性魔法使い、つまり穴掘りのプロが揃っている。

 ならば答えは自ずと明らかだろう。


 そんな感じの説明を、前世における思い入れ部分を省いて説明させて貰った。


「そう、つまり余分に走らせる事によって傾斜をかせぐと」


「ああ。例えばここの山の斜面は使えるだろう。この辺のトンネルを掘れば反対側に出る。ここから更に伸ばしていけば良い」


 幸いループ線に適した地形はそこそこある。

 だから困る事も無いだろう。


※ スイッチバック

  線路の傾斜を抑えつつ高度を稼ぐため、ある方向から反対方向へと進行方向を入れ替えて進行するタイプの鉄道線路。日本だと木次線出雲坂根駅の3段スイッチバック、普通電車しか使用しないが絶景が有名な篠ノ井線姨捨駅、黒部峡谷鉄道鐘釣駅、立山砂防工事専用軌道樺平の連続18段スイッチバック等が有名。


※ アプト式、ラック式

  ラック式とは普通のレールと車輪の摩擦では耐えきれない傾斜を上るため、レールの中央に歯型のレールを敷設し、車両に設置された歯車とかみ合わせて急勾配を登り下りする方式。

  アプト式とはラック式の一種で、ラックレールの歯形をずらして2~3列設置したもの。ラック式鉄道の8割はこの形式で、日本でも大井川鐵道井川線で使われている。


※ ループ式

  線路を『の』の字を描くように螺旋状に敷設したもの。都内でもゆりかもめがレインボーブリッジを渡る為にループを描いている。景色的にお勧めなのはJR九州・肥薩線の大畑ループ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る