第24話 本格運行開始

「調べに行く訳か、此処を離れて」


 一瞬引きつった表情を見せたキット。

 そして小さく頷くカール。


「王立研究所の生物研だ。2ヶ月程度かかると思う。鉄道の運用開始には間に合わない」


「新しいゴーレムの形代探しか」


「ああ」


 ゴーレムは生物を象った形代に魔力を与えて動かす魔法道具だ。

 その性能は形代の元となる生物の能力に大きく左右される。

 たとえば馬形ゴーレムと牛形ゴーレムの場合、同じような作りならば馬形ゴーレムの方が足が速い。


 なお形代には実在の生物の他、伝説上の生物等も含む。

 ただし伝説上の生物を模して作っても伝説上の性能は発揮しない。

 類似の実在生物を模したゴーレムに準じた性能になる。

 ペガサスのゴーレムを作った場合、馬と同じ速さで走るが身体が重くて飛べない代物になる訳だ。


 つまり高性能なゴーレムを作るには、高性能な生物を模した形代を使う必要がある。

 その元になる生物を探しに行くという事だろう。


 もちろん僕はゴーレム以外の方法も知っている。

 蒸気機関とか内燃機関とか電気とか。

 ただそれを1から開発するのは時間がかかるだろう。

 内燃機関に適した化石燃料なんてのもこの世界には存在しないし。


 それに技術的に問題が起きそうなものは使いたくない。

 この世界で広めるにはこの世界の技術でやるべきだと思うのだ。

 鉄道はこの世界の技術ではないという意見は聞かない方針で。

 

「伝手やあてはあるのか? 何なら伯爵家じっかに紹介状なり何なり書かせるが。あと費用は?」


「昔の同僚経由で何とかなる。ある程度目星もつけている。だから1ヶ月あれば何とかなる。費用も資料閲覧と筆写、滞在費程度あれば充分だ」


 なるほど、それくらいならすぐにでも用意できる。

 さて、ここまで話が進んだところでもう一人の方に聞いておこう。


「キット、カールはこう言っているが、工房の方はそれだけ空けて大丈夫か?」 


「あまり大丈夫だとは言えないですね。最高レベルの魔法持ちがいなくなる訳です。業務で対応出来る幅も当然狭くなります。砂地の帯水層を通るトンネル掘削なんて場合は3倍以上の時間が必要になりますし、新規ゴーレムの製造能力も8割程度になるでしょう」


 そこでキットは一度言葉を切った。

 わざとらしい仏頂面で2呼吸程置いた後、これまたわざとらしいため息をついて、そして口を開く。


「ですが必要なら仕方ないですね。2ヶ月は厳しいですが何とか持たせますよ。工房の副長としては以上です。あとは直属上司の判断ですね」


 各部門長の上司は公社長、つまり僕だ。

 公社副長は厳密には部門長の筆頭格相当で、僕の補佐として職務を代行しているという名目だから。

 

「2ヶ月の出張研修で行こう。明日の朝、会議前に規定様式で書いて公社長決裁箱に入れておいてくれ。僕が決裁して庶務に通す」


「休暇じゃ駄目か。出張研修だと後で報告を書くのが面倒だ」


 普通は給料が出る研修を選ぶ。

 しかしカールは独身だし金を使う趣味もない上それなりの高給取り。

 だから金に困っていない。

 そして興味の無い事は極力しない主義だ。


 だが甘い。


「2週間以上休める休暇は傷病休と産休以外にない。どちらかにあてはまるなら構わないが、これらの休暇の場合は庶務担当による認定が必要だ」


「何とかならないか」


「諦めろ。まだ僕らは森林公社では新参者だ。長だからこそ最初は無茶をしたくない」


 僕の本音だ。


「それに報告書で残さないと他に引き継ぐのが大変です」


 論争にキットも加わった。


「現物で教えればいいだろう」


「全員にマンツーマンで教えて、更に新人が入る度にそうするならかまいません」


 キット、何気に厳しい。

 正論なのだけれど。


「だいたい専科の学生時代、何本も論文を出しましたよね。講師時代も3本は出していた覚えがあるし、慣れている筈です」


「だから此処へ逃げてきた。論文より実作の方が面白い」


「諦めて下さい。生憎書ける事を知っていますから」

 

 キットはカールの後輩だ。

 当然学生時代のカールを知っている。


 カールは大きくため息をついた。


「キットを呼んだのは失敗だったか」


「その代わり普段は先輩の嫌いな業務一式代わっていますよね。庶務系も工程管理も勤怠管理も」


「わかった。諦める。研修でいい」


「言いましたね。それじゃ此処で待っていて下さい」


 キットがささっと部屋を出て行き、すぐ戻ってきた。

 手には『様式第18号 出張研修願』と題された規定様式。


「言ったからには書いて下さい。自筆でないと面倒な部分が多いので。こういった事務関係を工房長に任せたままにするとろくな事になりません」


「明日書く、というのは」


「駄目です」


 鉱山時代から工房はこんな感じで成立している。

 だからまあ、僕も生温い目で見守らせて貰う。


 ◇◇◇


 翌日、会議の後、決裁箱に入っていたカールの出張研修願に決裁のサインを書いて庶務に提出。

 翌々日からカールは出張で消えた。


 ただキットが真面目に代行を務めているから問題は出ない。

 むしろ朝の会議での説明その他がスムーズになった気すらする。


 そして予定通りの日程で工事は問題無く進行。

 また車両も予備を含め無事に完成し試験も完了。


 1週間の全線試験走行の後、例によって領内の大幹部連中を集めて式典を開催。

 来賓各位を特別車両3両に乗せて途中まで往復なんてデモンストレーションをやった後。

 ついに森林鉄道、トロッコと違い客車もあるし軌間もそれなりにある本格的な実用鉄道が正式運行を開始した。


 開業した路線は次の2路線。

  〇 本線 石灰石鉱山~フィドル川出合~鉄鉱山・製鉄場資材置場~ライル河川港 路線長15離250腕30.5km

  〇 フィドル川支線 キマレ川又~フィドル川出合 路線長3離720腕7.44km


 実際は鉱山~出合、川又~出合、出合~河川港の3区間で運行をわける。

  ➀ フィドル川出合に操車場というか貨物駅的な施設を設置。

  ② それより上流部分や支線から来た木材や石灰石を積載した貨車をここで集積

  ③ まとめて資材置場や港まで持って行く

という流れだ。


 なお他に作業員の搬送や点検の為の列車もある。

  ➀ 朝一番に路線状況確認と作業員搬送を兼ねた一番列車が資材置場前から出発、フィドル川出合で川又方面へ行く作業員は乗り換え、鉱山へ行く作業員はそのまま列車にのって鉱山へ。

  ② 3半の鐘で最終列車が鉱山を出発、フィドル川出合で貨車を切り離し、川又方面からの最終列車に乗った作業員等を乗せて資材置場まで

 こんな感じだ。


 僕は運行以来、一日4回、窓を開けるようになった。


 朝8半の鐘の一番列車。

 朝11の鐘前後に下ってくるフィドル川出合発の貨物列車。

 昼1の鐘に上っていくフィドル川出合行きの空の貨物を引っ張った列車。

 昼4半の鐘前後が作業員を乗せて帰ってくる最終列車。


 これらの列車を窓から見送り、出迎える。 

 やはりトロッコと違い、この大きさの鉄道は音の重厚感が違う。

 レールのつなぎ目を車輪が通過する際の音も、連結器が立てる音も。


 特に木材を満載した貨車を長く連ねて走る時の音がいい。

 いや、空荷の貨車が連なっているのも悪くはないかな。


 カールはまだ帰ってこないが、列車は今の処無事に運行している。

 運送できずに河原に放置されていた丸太も順調に減ってきた。

 鉄道の効果を疑っていた他の部署の連中も日を追うごとに鉄道の便利さを理解してくれるようになってきている。


 石灰石鉱山も少しずつ増産可能な体制に変えはじめている。

 営業部も木材や石灰石の領外販売を開始した。

 これで森林公社の売上高も一気に伸びるだろう。 


 しかし僕の目的は森林公社の売り上げ拡大では無い。

 鉄道を広める事だ。


 まだ今の森林鉄道は発展途上。

 行き違い可能な場所がフィドル川出合の操車場だけ。

 信号もATSも無い状態。


 一応車両そのものは打子式ATSに対応できるようにしてある。

 しかし信号がないし、車両交換は操車場でだけ。

 現在は閉塞区間の管理すらしていない状態。


 電気というものの概念が無い中、どうやって整備していこうか。

 まだ方法を思いついていない。


 だが鉄道で森林開発が更に進み、運行本数が多くなったらこの辺の施設も必要になるだろう。

 そうすれば本線に行き違い用の信号場も必要になるだろう。

 閉塞区間の管理はスタフを使うかタブレットを使うか。

 信号はやっぱり腕木式だろう。


 この辺の開発が出来たら、いよいよ次は都市間鉄道だ。

 僕の挑戦はまだまだ終わらない。

 ただそれにはカールが必要だ。

 新しい知識を持って帰ってくる筈のカールが。


※ スタフ タブレット

  鉄道では衝突事故を防ぐため、同じ区間に複数の列車が入らないように管理している。この管理を閉塞と呼ぶ。

  この管理方式のひとつとして、一区間に1つ(1種)の通行票的な物を定め、これを持たない列車を閉塞区間内に入れないようにするという方式が開発された。この通行票の役割をするのがスタフやタブレット。


  スタフ閉塞式とは、一つの区間で1つのスタフを使用して、これを持っていない列車は出発しないと定める方式。スタフとは元々は棒状の金具だったが、下のタブレットと同じ形のもので代用する事も多い。


  タブレット閉塞式とは区間の両側に複数のタブレットを納めたタブレット閉塞機を設置。この閉塞機から通票を取り出して閉塞を行う方式。

  なおタブレットとは円盤状をした金属製品で、中央の穴の形状で区間を区別する。 

  管理方法は概ね、

  ➀ 両側で係員が電話等で打ち合わせをして、タブレット閉塞機を決められた手順で操作する

  ② 出発側はタブレットを取り出すことができるが、到着側はタブレットを取り出すことができない状態になる

  ③ 列車はタブレットを持って出発。この際タブレットを閉塞機に収めるまでは到着駅側の閉塞機からタブレットを取り出すことができない

到着したら到着側の駅員にタブレットを渡す

  ④ 到着側係員が受け取ったタブレットを閉塞機に納める。これで➀の操作が可能な状態になる

という流れで実施される。


 なお現在の日本の鉄道の主要な路線では、人手を介さない自動閉塞方式 へと更新されており、これらスタフやタブレットを使用する方式は運行本数が少ない一部路線で使用されるのみとなっている。

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