第5章 予想外の異動

第17話 不吉な予感

 うまくいけば鉄がもう1人増えるかもしれないなんて事をちょっとだけ思いつつ、見学会は無事終了。


 勿論僕とローラ嬢は立場その他がまるで違う。

 一緒につるむことはありえない。

 しかしこれが将来の鉄道発展に少しでも繋がれば……いいけれどなあ、なんて思ったりしなくもない。


 何はともあれ見学会はとりあえず無事に終わらせる事が出来た。

 これで無事、僕も工房も夏休み期間に突入だ。


 僕も規則上、夏休みをとらなければならない。

 そんな訳で御令嬢方訪問の報告書をシックルード伯ちちうえに提出した後、1日おいて本日7月29日から3日間、休暇を取得。


 特に予定もないので自分の家でゆっくり過ごすつもりだ。

 初日の本日は、試作ぬれ煎餅をかじりながら地図を見て、森林鉄道の路線について考えている。

 

 今までの森林開発は川沿いに行っている。

 丸太を運ぶのにはゴーレム車より川の方が便利だから。


 勿論この辺の川の普段の水量では太く長い木材を流す事は出来ない。

 その為此処の森林公社では少しばかり過激な方法を取っている。


  ➀ 枝を払い規格よりやや長めに切った丸太を皮付きのまま河原へ置く。

  ② 川の上流に堰堤を作り、川をせき止め水をためる。

  ③ 下流、普段は鉱山や製鉄場の物置場所となっている河原から物を全部どかし、この場所の堰堤を強化しておく。

  ④ 上流の堰堤の中央を土属性魔法で取り払い、一気に水を流して洪水状態にして河原に置かれた丸太等を押し流す。

  ⑤ 下流の堰堤上に水が溜まり、丸太も此処に流されて溜まる。

  ⑥ 下流の堰堤の水を少しずつ抜いて丸太を回収。


 こんな感じでやれば一気に木材を運ぶ事が可能だ。

 日本で昔、鉄砲堰とか狩り川と呼ばれて行われていた方法とほぼ同じ。


 しかし実際には問題も多い。

 出来ても1ヶ月に1回だとか。

 流れる途中で丸太が岩や障害物に引っかかるとか。

 流れる途中で丸太が傷む事があるとか。

 流した後に途中の河原が汚れるとか。


 ただ、通常のゴーレム車は大量の木材を運ぶのに適していない。

 運送用特大型ゴーレム4頭引きでも地球の単位に直すと20馬力程度。

 規格丸太12~3本運ぶのがせいぜいだ。

 それ以上はブレーキだの車体制御だのの問題で不可能。


 しかし鉄道ならこの辺の問題が一気に解決出来る。


 ただ実際に森林公社や父とこの辺の話が出来るのは冬以降。

 鉱山で新たに導入したトロッコの効果が数字となって出てきてから。

 だからそれまでは図上とか試験線とかで案を練るだけ。

 いわゆる仮想鉄とか妄想鉄というジャンルの楽しみ方だ。


 窓の外で鐘の音が聞こえた。

 合計10回、少し休憩しようか。

 そう思った時だった。

 

 トントントン、ノックの音だ。


「はい」


「ニーナです。シックルード伯から急ぎの書状が届きました」


 何だろう。

 思い当たる事は特に無い。

 ただ急ぎとあれば見なければならない。


「わかった。入ってくれ」


「失礼します」


 入ってきたニーナから書状を受け取り、開く。

 おっと、これは呼び出しだ。

 ただし何についての呼び出しなのかは記載していない。


 特に思い当たる事は無い。

 鉱山の方は順調だ。

 強いて言えばこの前見学会をやったが、あれについても報告は済んでいる。


 わからない。

 だがとにかく行くしか無いだろう。


「仕方ない。出かけるとしよう。ゴーレム車の準備を頼む」


「わかりました」


 面倒だが外出着に着替える。

 髪その他身なりをある程度適当に整え、自室の外へ。

 既にマルキス君が準備を終えて待っていた。


「悪いな。今日は何も無い予定だったのだが」


「とんでもありません」


 2台あるゴーレム車のうちまともな方で領主館じっかへ。

 話は通っているらしく2階奥の父の部屋へ通される。

 ウィリアム兄がいるのは予想内、しかし何故かパトリシアまでいる。


「何事でしょうか」


「ジェフリーが冬までに学校を出るらしい」


 ジェフリーは確か高等教育学校の2年の筈だ。

 計算があわない。


「卒業はまだ1年以上先の筈です。優秀で飛び級したという話は聞いておりませんが」


 シックルード伯ちちが苦虫をかみつぶしたような表情になる。


「その逆だ。まあ座れ。話は長くなる」


 嫌な予感がする。

 しかし逃げる事は出来ない模様だ。

 仕方なく応接セットのうち、空いているウィリアム兄の隣に座る。


「この事が判明したのは7月26日に王立高等教育学校から届いた通知がきっかけです。この通知には王立高等教育学校長名で、ジェフリーの来期の進級を不可と決定した旨が記されていました」


 ウィリアム兄の説明にうわあと思う。

 しかし一応確認しておこう。


「よほど成績が悪くても伯爵子弟を落第させる事は滅多にないでしょう。何をやらかしたんですか」


「前期試験の成績が悪かった事から補講の上、再試験となっていたそうです。ですが補講を無視したばかりか再試験にも出席しなかったとの事。王立学校としてこれ以上の便宜を図ることは無い。そう記してあります」


 何だそれは、馬鹿だろう。

 馬鹿だから試験の成績が悪かったというのはまだわかる。

 だがそれで補講も再試験もすっぽかすというのはありえない。

 何を考えているのだ、奴は。


「至急王都へ急使を出し、事実関係を確認した。学校の言い分には間違いないようだ。しかもあの馬鹿め、まだ何処かへ遊びに行ったまま、寮どころか王都の屋敷にすら戻っていない」


 父がそう言ってため息をつく。

 無理も無い。

 貴族、それも仮にも伯爵の子弟が王立学校で落第するなんてのはありえない事態だ。

 家としても恥になる。


 そうか、つまりは……


「落第する前に退学させる、そういう事ですか」


「それしかないだろう。なおパトリシアにも学校内でのジェフリーの様子について確認した。奴めどうやら夏休みは同じようなどら息子らと遊びに行く計画を立てていたようだ」


「一緒に行ってくれる女子大募集中と、私のところまで話を持ってきました。当然そんな危ない旅行に誰かを誘うわけには行きません。ですから返答を濁させていただきましたけれど」


 どうしようもないな、これは。


「それで退学させる事にしたのだが、その際クララベルの方から申し出があった。退学させて領内に戻すならそれ相応の地位を与えるべきだと」


 クララベルとは父の第二夫人でジェフリーの母親。

 現在はシックルード伯うちの王都屋敷に住んでいてここ領内の屋敷には寄り付かない。

 なお僕を含む他の子の母親は第一夫人のアニーだが、パトリシアを産んだ後に他界。

 僕は顔も憶えていない。


「本来なら地位を与えるべきどころか謹慎処分とするべきでしょう。ですが残念ながらそうも出来ないと思われます。クララベルがそう主張する以上、ある程度の公社の長にでもするしかないのでしょう」


 ウィリアム兄が言っている事はわかる。

 クララベルはダーリントン伯爵家から嫁いできた。

 同じ伯爵家だがシックルード家と比べるとダーリントン家の方が遙かに格上で経済力も大きいし政治的立場も上。


 つまり我が家はクララベルの意見を無視する事が出来ない。

 国内の政治的な力関係で。

 しかし公社か……


 領内の主な公社は次の4つだった。

  ○ マンブルズ鉄鉱山

  ○ テルフォード製鉄場

  ○ マッケンジー森林組合

  ○ ブコー石灰石鉱山


 このうち石灰石鉱山は山奥にあり採掘量も少なく、また輸送の問題もあり、一昨年前に森林組合に併合されている。


 経済規模を比率で言うとマンブルズ鉄鉱山が5、テルフォード製鉄場が4、マッケンジー森林組合がブコー石灰石鉱山を含んでも1といった程度。

 つまり森林組合&石灰石鉱山の規模が最も小さい。


 そして森林組合は現在、僕やアンドリュー叔父のようなオーナー格の長がいない。

 だから確かにジェフリーを長に持って行く事は出来る。

 しかしそうできない簡単かつ根本的な理由が存在するのだ。


 森林公社は鉱山等と比べ、遙かに経営規模が小さい。

 なおかつ昨今の川の水量低下により伐採した木材等の運送状況が悪化。

 現在の経営は割とぎりぎり状態だ。


 そんな場所にジェフリーのような長を置く訳にはいかない。

 領主直営の公社と言えども形式上は独立会計。


 下手に放漫経営&無駄遣いされたらあっさり倒産する。

 そうなると立て直しその他が大変なだけではない。

 領主としての国からの評価にマイナスとなる。 


「森林公社にジェフリーを抱え込む程の余裕はないでしょう。その辺はウィリアム御兄様の方がご存じの筈です。

 かといって製鉄場をアンドリュー叔父から取り上げるのは無理です。業績も順調ですし名目が立たないでしょう」


 この場で警戒すべき相手は父では無い。

 ウィリアム兄だ。


 父はその気になれば僕でも言葉先で何とか出来る。

 曖昧な理屈と厳選した事実とで結論を誘導する事も可能だろう。

 以前、製鉄場にケーブルカーを敷設した時のように。


 しかしウィリアム兄はそうはいかない。

 領内事情に最も詳しい上、頭も切れる。

 感情論は勿論、中途半端な理屈ではごまかせない。

 だからあえてウィリアムを巻き込むような形で言わせて貰う。

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