第16話 見学に来た理由?
2周して無事体験会も終了。
あとは実家のゴーレム車に乗せて送り出すだけ。
ただし御嬢様方なので、出かける前には必ずトイレ休憩を入れる。
勿論トイレ休憩などと直接的な言い方はしない。
お茶会風に談笑しつつ、順番にトイレに行くという時間を作る形だ。
そんな訳で最初に案内した2階の会議室へ戻りテーブルを囲む。
「ヒフミさんこのお菓子、誰が考えたの? 実家には無かったからヒフミさんだと思うのだけれど」
厨房担当のブルーベルは実家からこっちに異動して貰った1人。
というか僕の家で新しく雇った雇用人はヒフミだけ。
だからパトリシアはこの菓子を作ったのをヒフミと考えた模様。
「これはリチャード様が考えて、ハウスキーパーと相談の上作られたと聞いています」
「うーん、ニーナさんは
パトリシアの方は放っておこう。
ヒフミに命じて在庫全部持っていかせるようにした。
それで充分だ。
実物があれば材料そのものは珍しくない。
実家の厨房でも作れるだろう。
さしあたっての僕の問題は別。
「本日は大変貴重な体験をありがとうございました。ところでいくつかお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、何なりとどうぞ」
そんな感じでローラ嬢に捕まってしまった事だ。
「この鉄道はこの領内の他の場所でも使われているのでしょうか。それとも此処だけでしょうか」
「今はまだ此処だけです。鉱山で使い始めて、あとはお乗りになったケーブルカーを製鉄場の魔法高炉への搬送で使っているだけですね」
「この鉄道という技術は他へ提供しているのでしょうか」
「今のところまだです。今年の春にはじめたばかりですから」
こんな感じで質問攻めにあっている。
いや、この会話が苦痛という訳では無い。
ローラ嬢との会話、楽しい事は楽しい。
見た目も綺麗で可愛いし、話の理解力もあるしで。
歳は5歳離れているからエロ系の魅力はあまり感じないけれど。
しかし彼女と中小伯爵家の三男は価値や立場が違う。
政略結婚の弾にもなる貴族子女とお荷物扱いの貴族三男。
下手な噂でも流れたらお怒りだけでは済まない。
だから態度や会話内容が問題にならないか気をつける必要がある。
そこで結構疲れてしまう訳だ。
一応ここは僕が長の組織。
見られて問題になる相手がいる訳では無い。
それでも注意はしておくべきだ。
下手に親密な印象となったら、他の御嬢様方から妙な噂が飛ばないとも限らない。
そういった方向で気を使うのでどうしても疲れる。
そんな僕の心中を全く気にしていない様子でローラ嬢は更に続ける。
「今年の春にはじめられたのですか。それではこの知識は何処で思いつかれたのでしょうか。何か外国の文献とか、その他一般的ではない資料とか元になるものがあったのでしょうか」
事故で頭を打ったら前世の知識を思い出した。
なんて事を正直に言う訳にはいかない。
だから以前、念入りに考えてカバーストーリーを作成した。
既に父や兄に対して使用して問題なかったので多分大丈夫だろう。
「実はお恥ずかしい話ですが、以前、ゴーレム車でどれだけ速く走れるかという事に興味を持った時期がありまして。
既存のゴーレム車ではある程度以上の速度を安定して出す事がどうしても出来なかったのです。そこでどうすれば速度が出るか、効率のいい方法を考えているうちに思いついたという訳です」
全体としては嘘だ。
しかし事実も所々に組み入れている。
たとえば僕がスピード狂だったのはれっきとした事実。
既存のゴーレム車ではある程度以上の速度が出ないというのも本当だ。
「ゴーレムは元になった動物と速度的には同程度まで、力も5倍程度までしか出せない。その事でしょうか」
ローラ嬢の言う通りだ。
ゴーレムはエンジンだのモーターだのに比べてはるかに遅くて非力。
そしてこの世界のゴーレム車は動物型のゴーレムに牽かせる形式。
自動車のような速度は出せない。
だからゴーレム車をより速く走らせる方法は限られている。
元々の速度を落とさないよう走行抵抗や重量を減らす事くらい。
走行抵抗を減らすには乗り心地を無視して固いタイヤを使う事。
この世界は温帯でもゴムを産出する樹木がある。
だからゴムタイヤ、それも空気入りのものがゴーレム車でも一般的に使用されている。
しかし変形するというのはその分力をロスしているという事。
だから速度追求には変形しない固い、そして軽いタイヤを作って使う。
あとは極限までゴーレム車を軽量化する事くらい。
硬い車輪と軽量で最小限のフレームという事で、当然振動は激しくなる。
結果、乗り心地が非常に悪く、かつ操安性に劣るものになる訳だ。
結果事故った僕はその辺よく知っている。
しかしその事をローラ嬢が知っているとは思わなかった。
「ええ、その通りです。よくご存じですね」
「そう教わりました。3年前の4月初めの夕方に」
ん? えっ?
何だそれは。
何かがひっかかった。
でもそれが何か僕にはまだわからない。
「ほらね。やっぱりお兄、覚えていないでしょ」
何故かパトリシアにそんな事を言われた。
何だ、どうなっている。
「お兄、3年前、ローラを学校まで自分のゴーレム車に乗せた事があるでしょ。覚えてない?」
何だそれはパトリシア。
ちょっと待ってくれ。
僕は必死に記憶を辿る。
3年前といえば僕は15歳、ゴーレム車を手に入れたばかりの頃だ。
あと1年で高等教育学校を卒業し地元に帰る。
いざという時の為にも今のうちにゴーレム車を1人で動かせるようにしておけ。
そういう意味で父は僕に与えた訳なのだけれども。
いやそれはともかく3年前、女の子を乗せたかどうか。
パトリシアと同じ年齢なら3年前は10歳。
そう言えばそんな事があった気がする。
そうだ、久しぶりに遠出した帰りだった、あれは。
夕方王都のオルドヤード地区商店街の外れ、学校と反対側の端近く。
1人でとぼとぼと歩いている国立学校中等部の制服姿を見つけたんだった。
そこまで思い出せばあとは早い。
一気にあの時の出来事が浮かんでくる。
「まさかあの時話した事まで覚えているとは思いませんでした。見てくれと乗り心地が悪い言い訳だったのですけれども」
元々がゴーレム車の中でもかなり安物。
鉄道車両で言えばNDCどころかLE-Carレベルの代物だ。
その上、強度に関係ない部分は軽量化の為に魔法でぶった切った。
屋根すら取っ払い防水布を代わりに貼り付けてある状態。
タイヤも速度追求の為に固い安物荷車用のエア無しゴム貼りタイヤに変更済み。
つまり本来の貴族が乗り回すようなゴーレム車とは見てくれも乗り心地も全く異なる代物。
だから言い訳代わりに説明したのだ。
これは少しでも速く走るためにそうしたんだと。
まあ実際にそのつもりで改造したのだけれども。
「あの時はほっとすると同時に少し驚きました。私の知っているゴーレム車と何もかも違ったので」
「ゴーレム車の中では安物ですし、当時はかなり無茶な改造もしていましたからね。酷い乗り心地だったでしょう」
「本当に助かりました。中等教育学校に進学して寮から自由に外出できるようになったので、つい遠くに出かけてしまい、気がついたら帰り道すらわからない状態だったのです。
あの時はお礼を言えませんでした。その後高等部の隅であのゴーレム車を作業しているのをお見かけして、パトリシアのお兄様とわかったのですが中等部からは挨拶にも行けなくてそのままになって。
やっと今、お礼が言えます。本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます」
なるほど、そういう事か。
頭を下げつつ僕は思う。
つまり彼女が質問をしていたのは僕にお礼を言う間合いをはかっていたという事なのだろう。
ここの見学を希望したのも体験をする為ではなく、僕にお礼を言う為。
それなら納得出来る。
そう思った時だった。
「それで今日見せて貰った物が、あの改造したゴーレム車の続きなのですね。
もしこの方式を他で取り入れたいという話があったらどうされますか?」
えっ!?
質問や興味とはただの名目じゃなかったのか?
※ この国の学校制度
義務教育等というものはない。貴族や裕福な商人等、一部の上流階級の子女だけが進学している。
なお国立で全寮制。年齢と学校の対応はそれぞれ、
初等教育学校 7歳~10歳
中等教育学校 10歳~13歳
高等教育学校 13歳~16歳
※ NDC
新潟鐵工所が製造したローカル線向け軽快気動車のシリーズ。一般的な気動車と比べると簡素かつ安価に出来ている。
※ LE-Car
富士重工業が閑散線区向け車両として開発した気動車のシリーズ。第2世代レールバスとも言われているように、バス用の車体やエンジン、部品等を利用した構造で鉄道車両としては非常に簡素かつ安価。しかし輸送力と耐久性に乏しく、割とあっさり姿を消してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます