第15話 試作森林鉄道・試乗体験

 その後は鉱山内トロッコ見学、ケーブルカー見学&乗車体験と順調に進んだ。

 今はケーブルカーを降りて、建物の裏に敷設した森林鉄道試験線に向かっているところだ。


「ケーブルカーという乗り物、爽快で良かったですわ」


「確かにそうですね。あのすっと上っていく感覚は今までにありませんでした。ですが下が素通しに見えるのは少々怖かったです」


 そんな会話が背後から聞こえる。


 さて、引率して相手をしている間に僕は気付いた。

 パトリシアをはじめほとんどの女の子は遊園地のイベント感覚で見て回っている。

 しかし1人だけ何か別の意図で、かなり真剣に乗り物や構造を確認している子がいる。

 スティルマン伯爵家のローラ嬢だ。


 彼女だけ質問の内容も微妙に違う。

 ケーブルカーでどれくらいの重さを上げられるのか、動力は何なのか、ゴーレムならどんな形式なのかとかまで聞いていたし。


 これは興味の方向性がそっち方面を向いているからだろうか。

 実家の経営に役に立つとかの情報収集だろうか。

 それとも他に意図があるのだろうか。


 ローラ嬢の人となりを知らない僕では判断がつかない。

 ただ知られて困る事は特にない。

 だから特に気にせず聞かれた事は全て正直に答えている。


 個人的にはローラ嬢がこれで鉄になってくれると嬉しい。

 この世界における仲間が1人増える。

 理解力もあるし、説明していて楽しいタイプだ。

 立場が違うからつるむ訳にはいかないだろうけれど。


 そこまででなくともいい。

 鉄道の実用性を理解して実家で話して貰い、スティルマン伯爵家に鉄道の便利さが伝わってくれれば。

 結果、鉄道がスティルマン伯爵家に採用されたら面白い事になるかな。

 そんな期待を少しだけ持ちつつ。


 建物の裏に敷設した線路が見えて来た。

 これで体験会最後のイベントだ。


「あれも最初に見たトロッコというものの線路でしょうか? それにしては大きく見えますけれど」


 この質問は勿論ローラ嬢。


「確かにトロッコと同じ形式の線路で、その通り大きいサイズです。これは山や森の中へ設置して、木材や石灰石、作業する人やその家族を運ぶことを目的としたものです」


「既にこれも何処かで使われているのでしょうか」


「残念ながらこれはまだ試作品の段階です。いずれ領内の森林公社と相談して造ろうと思っています」


 冬くらいか、その次の春くらいには交渉出来るかな。

 つまりそのくらい先が見えていない計画。

 なんて事は今は言わなくてもいいだろう。


「これは最初の鉱山用と違って実際に乗れるでしょうか? さっきのケーブルカーのように」


 こっちの質問はパトリシア。

 大丈夫、イベントはちゃんと用意してある。


「ええ。こちらは人が乗る事を想定した乗り物ですから」

 

 積載場から森林鉄道試験線仮ホームまでは50腕100m程度。

 だからゆっくり歩いてもそれほどかからずに到着。


 さてこの仮ホーム、実は原宿駅に昔あった宮廷ホームの雰囲気を少しだけ再現している。

 白い柱の並んだ三角屋根で天井が緩い弧を描いている形とか。

 そこから続く波状の屋根がついたホームとか。

 流石に貴賓室等はないし、規模も遥かに小さいけれども。


 そしてホームには車両が停まっている。

 機関車、特別客車、一般客車、貨車という順序。


 白色基調のホームに赤い車体が映えている。

 そう思うのは僕だけではあるまい、きっと。


「馬車やゴーレム車よりずっと大きいのですね」


 これはハドソン伯爵家のリディア嬢。

 確かにそう言われてみるとそうかもしれない。

 鉄道車両として見ていた僕は小さいと感じていたのだけれども。


「ええ。これは本来、ゴーレム車十数台分の人や荷物を一度に運ぶためのものですから」


 ホームではヒフミが待っていた。

 あらかじめ先回りして貰ったのだ。


「御嬢様方、それではどうぞ」


 ヒフミが赤い特別客車の扉を開く。

 中は中央が通路、あとは進行方向に向けて左右1列ずつ4席、そして最後部が従者用で4人掛けという配置。

 僕とカールは当然簡易座席の方だ。


 ただし乗車してもすぐには発車しない。

 その前に車内サービスがある。

 ヒフミがワゴンを車内にのせ、座席の方へ。


「乗車中、宜しければこちらをどうぞ」


 窓枠部分から座席側に向け、小さいテーブルがついている。

 そこにヒフミがカップ入りのお茶と菓子入りの小皿が載ったこの客車専用のお盆を置いていく。


 このお盆はテーブルの窪みで固定できる仕組みだ。

 勿論お盆自体にも皿とカップ用の窪みがあり、多少の振動では動いたり落ちたりしないようになっている。


「これって動いている最中に落ちたりしませんか?」


「窪みのところに置いておけば大丈夫です」


 パトリシアにそう返答。

 十分確認済みだから問題ない。


「それでは短い間ですが、鉄道の旅をお楽しみください」


 ヒフミは一礼して車外へ。

 そして僕は扉を閉める。

 

「それでは出発します。短いコースですので2周致しますが、それでも10半時間6分程度です。それではカール、操縦してくれ」


「畏まりました」


 列車はゆっくりと動き出す。

 客車独特のカクン、という連結器からの振動が感じられるのが大変に宜しい。

 

「これは前についているゴーレム1頭で動かしているのでしょうか」


 これはローラ嬢だ。


 なおゴーレムは人型でも動物型でも、はたまたカバーがあって無生物風に見えるものでもこの世界では1頭と数える。


 この機関車のカバー内には大猫型ゴーレムが入っている。

 前脚と後ろ脚でペダルを回す事によって機関車を動かす仕組みだ。

 この方がトロッコのようにゴーレムを歩かせて牽引するより効率がいい。


 自分の足で歩く場合は前進する力以外に身体を支える力等が必要。

 しかし身体を固定してペダルを動かす仕組みなら力をほぼ動力として使える。

 つまり人が歩く場合と自転車で移動する場合との違いと同じだ。

 でもまあ、そこまでは説明しなくていいだろう。


「ええ。あれ1頭です」


「何か楽しいですねこれは。風景が動いていく感じがいいです」


「そうですね。それにゴーレム車よりも揺れも少ないですし、滑るようですわ」


「確かにそうですね。お茶もこぼれませんし」


 皆様にもご好評の様だ。

 お茶がこぼれないのはカップの形とお茶の量を研究したから。

 一般道を走るゴーレム車と比べて揺れが少ないのは確かだけれども。


「ゴーレム1頭でこれだけ速度が出るのですか」


「ええ。本当はこの数倍の量を引っ張って進む為のゴーレムですから。これでもかなり余裕はあります」


「ゴーレム車のゴーレムよりずっと力が強いのでしょうか」


「確かにゴーレム車用のゴーレムよりは大型です。ですが力としては通常のゴーレム車の数倍程度です。この線路の上を走る方式は、道路を走るのと比べて効率が良いので、それだけの力で済みます」


 この辺の問答はやはりローラ嬢。

 一方、他の御嬢様方はこんな感じだ。


「こうやって移動しながらお茶するのも楽しいですわね」


「そうですね。ゴーレム車よりゆったり寛げますし。このような座席の配置も新鮮ですね」


「私は向かい合わせでテーブルがある方がいいですわ。ただこの広さと快適さは確かに今までにないと感じます。車内でお茶とお菓子をいただけるというのも」


「それにしてもこのお菓子、美味しいですわね」


「お兄、このお菓子、ストックある?」


 おっとパトリシア、鉄道についてでなくこっちを聞くのか。

 まあ秘密にする程でもないから答えるけれど。


「よろしければある程度作ってありますのでお持ちください」


 ちなみにお菓子とはあのレーズンウ●ッチもどきだ。

 やはりこの世界でも評判が良かったか。


 本当はお菓子ではなく駅弁にしたかった。

 駅弁と緑茶というのが正しい組み合わせだと思うのだ。


 他にはスゴイカタイアイスなんて方法も考えた。

 カッチコチのアイスをホットコーヒで溶かしながら食べるというのも鉄としてアリだろう。


 しかし延長したと言っても所詮一周半離1kmの試験線。

 弁当もスゴイカタイアイスも味わうには短すぎる。

 この時間に適しているとすればぬれ煎餅かまずい棒かな、銚子電鉄風の。

 どちらも御嬢様方には雰囲気的に似合わない。


 そんな訳で今回の車内デザートはこうなった訳だ。

 鉄的には微妙に満足できないが仕方ない。


 でもまあ、その辺は別としてだ。

 やはり鉄道はいい。

 このレールのつなぎ目を通過するときのカタンカタンという響きも最高だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る