第18話 完全敗北?

「そこで少しリチャードに個別の相談があるのですがよろしいでしょうか。別室で、5半時間12分くらいで終わりますから」


 おっとウィリアム兄、個別攻撃に出るつもりか。

 僕は咄嗟に父とパトリシアの表情を伺う。

 どうやらこの個別相談についての事前打ち合わせは事前になかった模様だ。

 2人の顔を見てそう判断。


「わかりました」


 受けないという選択肢は無い。

 兄弟とは言え長男で領主代行のウィリアム兄と三男で単なる傘下公社の長では立場が違う。

 それに知識も頭の出来も僕よりウィリアム兄の方が上だ。


「それでは僕の執務室に行きましょう」


 この隣の部屋だ。

 隣の部屋に入り扉を閉めた後、ウィリアム兄は風属性の秘話魔法まで起動させ、口を開く。


「さて、面倒な話は抜きで行こう。長々話したところで結論はひとつしかない。違うかい、リチャード」


 ウィリアム兄は僕だけを相手にする時には口調を変える。

 こっちが地なのかどうかは僕には判断できない。

 多分僕が話しやすい口調や雰囲気はこっちだと判断しているだけだろう。

 僕はそう思っている。


 さて、返答か。


「それで僕が譲るような条件を出せますか、ウィリアム兄様は」


 そう、結論は見えている。

 空いているポストが森林公社長しかなく、ジェフリーを此処につける事が出来ない。

 なら僕が鉄鉱山の長をジェフリーに譲り、森林公社の長につくしかない訳だ。


 僕は3男でジェフリーは4男、しかも奴は高等教育学校中退。

 普通に考えれば僕の方が立場は上だ。

 しかしジェフリーはバックに母のクララベル、そしてダーリントン伯爵家がいる。


「お兄様が領主代行に就かれた時と同じような飛び道具は思いつきませんか」


 これは5年前、ウィリアム兄が領主代行となり正式に後継者とされた時の事だ。

 この時もクララベルから文句が出た。

 男子が全員成人するまで領主代行を選ぶのは待つべきではないかと。


 この時はウィリアム兄がクララベルの耳元でささっとささやいた結果、あっさり取り下げた。

 なおこの時、ウィリアム兄本人によるとこう言ったそうだ。


『ダーリントン伯爵家でそのような慣習があるとは不勉強にして知りませんでした。至急書状をもって確認させていただきます。ご教示ありがとうございました』


 勿論ダーリントン伯爵家にそのような慣習はない。

 なおかつクララベルのこの発言が公になるとダーリントン伯爵家に疑いがかけられてしまう。

 クララベルを通じてシックルード伯爵家の乗っ取りを企んでいるのではないかと。


 実はそういった事例が他家で過去にあったのだ。

 故にこの国の貴族はそういった事案に神経質になっている。

 シックルード伯爵家が不問としてもダーリントン伯爵家はそう出来ない。

 潔白だと証明する為にもクララベルを実家呼び戻しにせざるを得ない訳だ。

 

 クララベルも言われた意味は理解出来たようだ。

 以降クララベルはウィリアム兄がいる領内の領主館へは寄りつかなくなった。

 

「あれは跡取りだから出来ただけだね。今回は無理かな」


「でしょうね」


 まあそうだろう。

 今回はたかだか領内の直営公社レベル。

 貴族家間の問題になるようなものではない。


「それにしてもリチャードは話が早くて助かる。無駄な話を長々するのは嫌いでさ。イライラしているのを表情に出さないようにするの、結構疲れるんだ」


 繰り返すがこれはウィリアム兄の本音なのかはわからない。

 ただ確かに僕にとって話しやすい状態なのは確かだ。

 だから僕も突っ込むような無駄な真似はしない。


「でも無条件で引くとは思わないで下さい。何せ自分の金で整備し直したばかりですから」


「そうだね。実際整備した後の実績は確実に上がっている。毎回報告を見ているからそれくらいはわかるさ。


 さて、固有名詞を省略するなんて面倒は終わりにしよう。リチャード相手に言質を取ろうなんて気はない。


 それに実はクララベル、『マンブルズ鉄鉱山の長に』と指定しているんだ。森林公社と鉄鉱山では儲けが違うからね。その辺厭らしい考え方をしているんだろう。


 さて、僕が提示する、リチャードにマンブルズ鉄鉱山長からマッケンジー森林組合長に異動して貰う為の条件はこれだ。証書として作っておいた。確認してくれ」


 既にこの状況を予測して、そして僕に対する条件も考え、証書まで作っておいた訳か。


「仕事が速いですね」


「遅かれ早かれこの問題は出てくるだろうと思った。ただ内容は最近のリチャードの動きにあわせて直したけれどね」


 この世界の証書とは魔法を使った約束証明だ。

 関係者が署名する事により効力を発揮する。

 記載した内容に違反した瞬間、魔法により強制的に是正措置が入る。

 つまりはまあ、どうやっても違約不可能となる訳だ。

  

 ウィリアム兄はどんな条件を用意したのだろう。

 どれどれと内容を見てみる。

 少し読み進めただけで理解した。

 流石ウィリアム兄だ、嫌らしいほど僕をわかっていやがる。


「森林公社の体質改善資金で釣るわけですか」


「ここ数年、河川の平均水量が大幅に減っている。おかげで木材や石灰石の出荷量も激減中だ。輸送可能量がその分減ったからね。


 従来の方法で木材の出荷量を戻すにはアサバスカ川の大改修が必要だ。これは領主として行うべき措置。つまりシックルード領の予算で行うのが妥当だろう。


 そしてその費用を使うなら、河川の改修よりもっと効率的な方法もとれる筈だ。今のリチャードなら。違うかい?」


 これは森林鉄道を作れという事だ。

 そう僕は理解する。

 

 勿論、証書にはそう書いていない。

 森林及び山間地域再開発、及び森林公社の体質改善の為の輸送状況整備と記してある。


 ただし方法については具体的な記載がない。

 河川改修によるとは何処にも書いていない。


 更に異動に際しての追加事項が幾つかある。


 ひとつは人員異動について。

 鉄鉱山で勤務している者のうち僕が長になってから採用した者については、森林公社に異動させる事が可能となっている。


 つまりカールをはじめとする工房の連中は森林組合に連れて行ける。

 森林鉄道を作る上で彼らの力は不可欠だ。

 これで技術上の不安は無くなった。


 もうひとつは事業譲渡について。

 僕が新規にはじめた事業については鉄鉱山から森林公社へ事業譲渡していいとある。


 トロッコ敷設は今までの採掘活動の改善に過ぎない。

 だから事業譲渡は無理だろう。


 しかしケーブルカーによる資材運送は持って行ける。

 これによってゴーレム操縦者もかなりの人数を異動させる事が出来る訳だ。

 少なくとも製鉄場の輸送担当から移った連中なら問題無い。


「認めますよ。降参です」


「なら先に僕から署名しよう」


 ウィリアム兄がまず署名し、そして僕が署名する。

 これで証書は効力を発揮する。

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