第10話 妹からの手紙
坑内鉄道と坑内ケーブルカー、更に製鉄場内ケーブルカー。
これらの開発・整備につぎ込んだおかげで、僕が自由になる資金がかなり減った。
勿論これらの整備によって効率は上がっている。
それに伴って利益も少しずつ増えていく筈だ。
ただかかった経費があっという間に回収出来る訳では無い。
最低でも月単位、基本的には年単位の世界だ。
しかも短期的には出費の方がむしろ多い。
これは鉄道関係の整備費用以外についてもだ。
例えば製鉄場内ケーブルカーが本格稼働した結果、今まで資材置き場の河原から高炉の上まで荷物を運搬していたゴーレム操縦者が失職した。
人数は全員で12名。
彼らについては全員鉱山の方で今までと同じ待遇で雇用し直した。
勿論人道的な理由ではない。
貴重なゴーレム操縦者を逃さないためだ。
いずれ森林鉄道等をはじめる為には必要となる人材。
だから此処で散逸させる訳にはいかない。
現在は彼らを増員として採掘体制の増強や輸送専従員の追加に回している。
これで採掘量も若干は増えるだろう。
しかしその成果がすぐに利益として出る訳では勿論ないわけで……
つまり僕は動きが取れない状態という訳だ。
少なくとも資金が必要な事に関しては。
仕方なく僕はつまらない日常業務を繰り返す。
朝の会議、そして決裁、鉱山及びケーブルカーの巡視。
ダルトン採掘管理部長の残り少ない髪は無事守られた。
ゴーレム操縦者からも経理の連中からも坑内鉄道やケーブルカーの評判は悪くない。
だがこれだけでは駄目だ。
もっと先に進まなければ。
そう思う僕の心を時折聞こえるタッターンという、車輪とレールの隙間が奏でる響きが慰める。
せめて4半期決算で、実際は半年決算が出るまでの辛抱だ。
そうすれば実績をたてに
石灰石鉱山や森林組合からの輸送も鉄道化したいと交渉できる。
それまでの我慢だ。
裏で開発は進めている。
たとえば
形は凸形というか、森林鉄道等のDLによくあるような片側だけ鼻があるデザインの予定。
イメージは立山砂防工事専用軌道で使われている北陸重機のDL。
今となっては数少ない現役の軽便鉄道用機関車だ。
だから現在の塗色はライトグリーン。
試験用の線路もまもなく敷設を開始する。
ただし現状では
今はこれ以上走る線路を延ばす事は出来ない。
敷設計画を動かし始めるにはまだ早いのだ。
わかっているけれどもどかしい。
そんなある日の夕方だった。
「パトリシア様からお手紙が届いております」
帰宅後、ニーナさんから一通の手紙を渡される。
パトリシアとはシックルード伯爵家の次女。
僕やジェフリーの下の妹にあたる。
今は国立高等教育学校の1年生だ。
「わかった。ありがとう」
何だろう。
そう思いつつ手紙を受け取る。
パトリシアは母も同じだし比較的仲は良かった。
しかしそれも学校に入るまでの間だ。
あとは長期の休みで実家に帰った時、少し話をする位。
僕が家を出てからは顔を合わした事すら無かったのに。
とりあえず自室に戻って手紙を開いてみた。
『リチャードお兄様はお元気でいらっしゃいますでしょうか。私は元気です。ただ高等教育学校は授業の進みが早いので少し大変です。リチャードお兄様がいれば休日にでもわからないところを聞いたりできるのですけれどね。ジェフリーお兄様はあてに出来ませんから』
ジェフリーめ、1学年下のパトリシアにもそう思われているのか。
まあそうだろうなと思いながら読み進める。
『それでも何とか試験は無事終わって、もうすぐ夏休みに入ります。冬休みはハドソン伯爵家、春休みはスティルマン伯爵家に御呼ばれしたので、今回はシックルード伯爵家に皆さんを御招待する事になっています。
今回は7月25日から8月5日までの間、仲がいい友人を5人、御招待するつもりです』
長期休暇時に招待したりされたりするのは貴族子弟によくある風習だ。
貴族同士の関係性の維持、将来への布石等、それなりに意味も実益もある。
ただし貴族子弟でも三男以下の男子を招待する事はない。
将来性が無い穀潰しだからだ。
貴族社会もこの辺、何気にシビアである。
だから僕には無縁な風習だった。
しかしパトリシアはうまくやっているようだ。
なら他の貴族令嬢方が滞在している間は実家に近寄らないようにしておくか。
そう思いつつ次へと読み進める。
『ところでお兄様は最近新しい面白い事をはじめたようですね。ゴーレムだけではなく変わった方法で荷物を運んでいると。お父様がこの前の手紙で自慢しておりました』
おっと、父にも鉄道は好評なようだ。
なら森林鉄道の敷設も割と早いうちにできるかもしれない。
『更には乗っているだけで山の上近くまで登れる乗り物も出来たとありました。あれはいままでにない体験だった。ずっと下まで見えて少し怖さも感じたがそれ以上に爽快な感覚だった。そうお父様からの手紙にはありました』
あのケーブルカーも好評だったようだ。
父は僕に直接言わないからはじめて知った。
しかしあの体験、やっておいて良かったなと思う。
次の四半期報告が出た時点で森林鉄道の話をしてもいいかもしれない。
いや、是非そうしよう。
あとパトリシアありがとう、この事を知らせてくれて。
そう思いつつ更に読み進める。
『この話をしたところ、友人も皆興味を持ったようです。中でもローラが是非乗ってみたい、出来れば新しい運送方法も見てみたいと言っています。
ですのでお兄様にお願いしたいのです。父が言っていた、座ったまま山の上に上っていく乗り物に私達も乗せていただけないでしょうか。あと他の新しい運送方法も見せていただけると嬉しいです』
なんだって!!
思わぬお願いに少し硬直した後。
僕は机上の書棚から貴族年鑑を取り出し広げる。
僕が他の貴族と付き合いをする事は無いし、この年鑑を使う事は無いと思っていた。
しかし念の為に備えておいて正解だったようだ。
この年鑑は生年とファーストネームから人物を調べる事が出来る。
パトリシアと同じ生年でローラという名前の令嬢は……
該当するのはスティルマン伯爵家の次女、1人だけ。
手紙にもスティルマン伯爵家の名前が出ていたし話は符合する。
スティルマン伯爵家はシックルード伯爵家領の西隣。
丘陵地帯から海沿いまでの領地を持つ領主だ。
国内有数の貿易港を保有し、経済規模はシックルード伯爵家の倍以上。
更に言うとスティルマン家の方が
この国には領主である伯爵家だけで12家あるのだ。
当然侯爵に近い格式を持つ家も、子爵に毛が生えたような家もある。
スティルマン家は王国成立当初からの格式高い家で、伯爵家としては最上位に近い。
これは1人で決めるべき事項ではない。
僕はそう判断する。
明日、いや今日中に一報しておくべきだろう。
昼間は領主もそれなりに忙しいから。
着替える前にこの手紙を読んで正解だった。
僕は手紙を懐に入れ、部屋を出る。
「どうされました、リチャード様」
階段下の広間にいたニーナさんが声をかけてきた。
「急用が出来た。父上の屋敷まで行ってくる」
「わかりました。マルキス、リチャード様をよろしくお願いいたします。それでは行ってらっしゃいませ」
マルキス君がさっと出てくる。
外出用の衣服であるあたり、このような事態がある事を事前に察していたようだ。
なお察していたのは勿論マルキス君ではなくニーナさんの方だろう。
「わかった。後は頼む」
僕はマルキス君を引き連れて玄関を出る。
シックルード伯爵家の館、つまり実家はここからゴーレム車で
完全に暗くなる前には着けるだろう。
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