第3章 妹からの手紙

第9話 次に向けた密談

「成功かな、今日の式典は」


「ああ」


 終業後の工房で僕とカールはそんな話をする。

 製鉄場の搬送用ケーブルカーは試験を終了し、明日から本格稼働を開始。

 本日その御披露として記念式典を開催した。

 

 記念式典の来賓は、

  ○ 領主であり総経営者であるジョフローワ・トレビ・シックルード伯爵、つまり僕の父

  ○ 次期シックルード伯爵でもあるウィリアム・トレビ・シックルード領主代行、つまり僕の兄

  ○ 森林組合、石灰石鉱山等、直営公社の幹部

  ○ 領役場の幹部

  ○ シックルード伯爵領を担当する国王庁の幹部

  ○ 鉱山や製鉄場があるシックルード伯爵領スウォンジー市の市長と副市長

といった面々。


 なおマンブルズ鉄鉱山長である僕とアンドリュー製鉄場長がホストの立場となる。


 この式典の表向きの目的は製鉄場が新技術を取り入れた事を周知する事。

 そして製鉄場や鉱山が今後より発展していくだろう事を印象づける事だ。


 しかし僕の真の目的は違う。

 鉄道という物の有用性を知らしめる事。

 それによって更に鉄道敷設に弾みをつける事だ。


 坑内や製鉄場内程度なら僕の予算でも何とか線路を敷設できる。

 しかし鉄道網を更に広げるにはより多くの金が必要だ。

 その為には権限と資力を持つ連中に対して強力に印象づけておく必要がある。

 鉄道とは良いモノであるという認識を。


 だから今回は単なる式典とはしなかった。

 体験会にも似たプログラムを組ませて貰ったのだ。


 今回の式典会場は河原に設けられた臨時会場に設定。

 製鉄場の資材用倉庫を今日の為に一部見栄えだけよくした。


 此処は選別済みの鉄鉱石がトロッコで、木材や石灰石が川船や筏等から到着する現場。

 此処に設定したのはケーブルカーで資材が運ばれていくのを見て貰う為。


 しかしそれだけではない。

 ケーブルカーの荷台に旅客用の車体を取り付け、乗車体験もして貰った。


 車体は屋根と椅子、床だけの簡易タイプ。

 この開放感あふれる状態で上まで往復。

 帰りは途中の分岐で資材を満載したケーブルカーとすれ違うなんてところまで。


 ここまでやれば輸送力と便利さがわかるだろう。

 実際聞こえてくる声では好評価だったし。


「とりあえずこれで鉄道の有用性を示せただろう。そのうち他の場所でも鉄道が出来始めるかもな」


 そう僕は期待していた。

 しかしだ。


「いや、そうは思えない」


 カールは僕と違う意見の模様。


「何故だ?」


「新しいものを受け入れるのにも能力が必要だ。加えて資金力もだけれどな。

 マンブルズ鉱山では20年以上前から採掘にゴーレムを使用して成功している。この事例は既に研究されて論文にもなっている。人間の鉱夫を使うより効率がいい事も確認済だ。

 しかし他の鉱山で続いてゴーレムを使用しようという動きは皆無。違うか?」


 言われてみると確かにその通リ。


「何故だろう」


「楽だからだ、前例踏襲でやった方が」


 フン、と鼻息ひとつ加えて、そしてカールは続ける。


「前例踏襲でやれば大きな失敗はない。失敗しても言い訳出来る。だから誰も現状を変えようとしないのさ。現状に満足している金持ちほどそうだ。

 だが何かを変えるのには金がいる」


 なるほどな。

 言いたい事はわかった。


「金があって変えようという奴は少数派って事か」


「少なくとも自分の懐を痛めてまで変えようという金持ちはな。

 勿論うまくいっている物を変える事にはリスクがある。しかし本当は変えない事にもリスクはあるんだ。しかしこう停滞した世界じゃ誰もそのリスクに気づかない」


 カールはそこまで吐き捨てるように言った後、にやりと悪そうな笑みを浮かべる。


「そんな訳で当分の間、追随者は現れまい。だから安心してこっちは作業を進めればいい。

 そんな訳で次はどうする。この鉄道を今度は何処へ広げるつもりだ。製鉄場から街へか、資材河原から更に山へか」


 どうやらカール、僕のその辺の考えまでお見通しらしい。

 だがこいつなら構わない。

 どうせ僕の野望にはカールの力が必要だ。


「山だ。石灰石と木材、運ぶ物に困る事はない」


 本当は街まで旅客扱いをする線路を敷きたい。

 敷いて客車を作りたい。

 作って走らせたい。


 しかしそれだけの需要があるかというと正直怪しい。

 運送する物として確実なのは製鉄場で作った鉄インゴットだけだ。

 今はまだ鉄道の有用性をアピールするべき時期。

 採算上の失敗はしない方がいい。


「堅実路線で行くか。悪くない判断だ」


「悪いが当分の間カールにも手伝って貰いたい。いいか」


 一応そう言って確認しておく。


「勿論だ。他の所より面白そうだからな。さしあたってはあの『鉄道』の上を荷物車を牽いて走る専用ゴーレムの製作か」

 

 つまり機関車の事だな。


「話が早くて助かる。その通りだ」


「大きさは今回のケーブルカーと同じでいいな」


 軌間1mメーターゲージだな。


 個人的には森林軌道の軌間は762mmか610mmにしたい。

 日本の農林省林野庁が昭和28年に森林鉄道建設規定なんてのを出している。

 この規格によると森林軌道の1級線は軌間762mm、最小半径が30m、勾配限度が40‰、レールが10kg/m以上だった筈だ。

 前世の記憶だから確かめようがないけれども。


 ただ軌間は将来を見越した場合ある程度統一した方がいい。

 狭い坑内の場合は別として、少なくとも屋外では。

 そうすれば貨車も、そしてもし走らせるなら旅客車も共通で使える。

 勿論発展すればその線に応じたものを作るし作りたいけれども。


 だからカールの提案は正しい。


「ああ。レールの幅はそれで行こう」


「ならすぐかかろう」


 そこはちょっと待ってくれ。


「残念だがこれ以上鉄道を広げるには僕のポケットマネーでは足りない。それに森林組合や石灰石鉱山との話し合いが必要になる。その辺を動かすには実績が必要だ」


 それにカールにはまだ仕事が残っている筈だ。


「後、ダルトンがハゲる前に坑内の方のケーブルカーも何とかしてやってくれ」


「仕方ない。その辺はさっさとやっておくとしよう」


 カールの奴、わざとらしいため息をつきやがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る