第8話 試験運行開始
この世界における土木・建設工事の工期は異様に思える程短い。
それは勿論、魔法という便利なものがあるからだ。
魔法で土を自由自在に掘削し、成型し、場合によっては土質改良魔法で岩にも砂にも自由に変化させる事が出来る。
そして僕は土属性魔法使いを多数抱えるマンブルズ鉄鉱山の鉱山長。
その気になれば土属性レベル3以上の魔法使いを10人以上、即時手配する事が可能だ。
ゴーレム操縦者だの工房勤務員だのの、非番や待機員に特別手当を与え、現場に駆り出せばいい。
結果、ケーブルカー敷設予定地等の土木工事はたった5日で完成。
巻上ゴーレムが入った建物も、両端にある荷物積み卸し場も、レール敷設も含めてだ。
なお今回の軌間は
レールの間に太いワイヤー2本を通すのであまり狭く出来なかった。
僕としては思わずサル、ゴリラチンパンジー♪と歌いたくなる軌間だ。
また道床も枕木&砂利ではなく魔法で完全岩盤化した。
傾斜がそこそこ急なので安全の為だ。
スラブ軌道ではなく直結軌道だな。
この世界では僕以外わからない分類で考えたりする。
レール本体もトロッコより頑丈かつ大きめの、
つまり地球で言えば30kgレール。
JRのローカル在来線用より軽いが軽便鉄道用ではない重さだ。
実はこの軌間とレール、将来の一般鉄道敷設に備えて考えた規格だったりもする。
この辺も開発及び生産に従事した工房の皆さんしか知らない。
さて今回の車両だが、残念ながら乗り物のケーブルカーというより単なる荷車。
車体の形は蹴上インクラインに使われたものと酷似している。
似ているというか、僕が蹴上インクラインをイメージしてデザインしたのだ。
軌間が違うし積載物も船ではなく選鉱済の鉄鉱石や木炭、石灰石。
しかも鉄鉱石積載のホッパ車をそのまま積めるようにも設計してある。
だから実際に運行を開始したら雰囲気はかなり異なったものになるだろうけれど。
それならこの施設はケーブルカーでは無くインクラインと呼ぶべきだ。
そういう意見もあるだろう。
しかしインクラインと呼ぶと単なる産業機器っぽい気がする。
やはりここは鉄道ロマンの対象として、ケーブルカーと呼びたいのだ。
まあ単なる僕の偏見じみた意見だけれども。
本日からいよいよ試験開始。
とは言え僕がここを見に来る事が出来るのは午後から。
午前中は会議や決裁で時間が潰れるから。
なおカールは多忙という事で、ここ3日間会議に出てきていない。
代わりに副長のキットが出てきているから心配はいらないけれど。
昼食後、いよいよケーブルカーの試験現場へ。
試験を行っているのは巻取ゴーレムを設置した機械室兼運行事務所。
此処は煙突を除き、鉄工所でも最も高い部分に位置する。
高く長い魔法高炉の上まで荷物を運ぶ関係上、どうしてもそうなるのだ。
河原近くにある鉱山事務所からでは軽い登山となる。
ケーブルカーで登れれば楽なんだけれどと思いつつ、マルキス君とほぼ登山という道を上ること
無事到着だ。
部屋には僕とマルキス君の他、会議には出てこなかったカール、工房の主任でケーブルカーの試験運用責任者になって貰ったラング、此処の専任として製鉄場から派遣されたカロット氏の3人。
「重点は巻き上げゴーレムとケーブル、非常用ブレーキか」
昨日受け取った試験実施計画書の中身を思い出して尋ねる。
「ああ。他はほぼ今までの作業で確認済だ。
工房内の試験では問題なかった。ただ実物を、それも屋外で使用するともなれば予想外の要因が出る可能性がある。本当は全部の季節を通して試験したいところだ」
確かにカールの言う通りだろう。
しかしそうも言っていられない。
「そこまで待っていたらダルトンがハゲるだろう」
もちろんこれは表向きの理由、いや冗談だ。
本当は出来るだけ早く鉄道を広めたいだけ。
なおダルトンとは勿論、採掘管理部長を指す。
「ダルトンの髪についてはこの件がなくとも時間の問題だ。気にすることはない」
カールめ、なかなか厳しい事を言う。
確かにそうかなと僕も思うけれど。
「幸い坑内で使用する分には環境の急激な変化はない。だから此処で基礎的なデータが取れれば設計・製作にかかっていいだろう。こっちの施設については毎朝入念な確認をしつつ運行という事で」
「そうですね。毎朝運行前と最初の運行時に私かモリアで確認しましょう」
これはランドだ。
工房の主任であるランドと同じく主任のモリアは金属疲労の状態も魔法で調べる事が出来る。
勿論カールも出来るのだが、むらっ気が多く信用できない。
世の中には適材適所という言葉があるのだ。
「それじゃ次はパターン1。負荷なしでの運行、
「わかりました」
ランドの指示でカロットがゴーレム操作を開始。
「うーん」
カロットが顔をしかめる。
「どうかしたか」
「やはり動き出しが敏感です。力があるせいでしょうが、少しでも気をぬくと 余分な振動が出そうです。荷物が載ればまた変わるでしょうけれど」
「なるほど」
ランドがメモしていく。
「それでは予定地点で停止」
「わかりました」
試験を続ける一方で、カールが紙に何やら強烈な勢いで書いている。
おそらくゴーレムの改良点だろう。
この様子なら心配なさそうだ。
なら僕は次の仕事に取りかかろう。
しかしひとつ、気になる事がある。
人間が入れない坑内を走るトロッコには人間が乗車出来ない。
しかしこのケーブルカーは屋外だ。
だからその気になれば人が乗ることも出来る筈。
実はトロッコの制御台車にゴーレムとともに乗り、屋外留置線部分で動かしたりなんて事もした。
どうしても鉄道乗車体験をしてみたかったのだ。
しかし今度は完全な屋外で、しかもそこそこの傾斜を上っていく。
乗車体験としてはさぞかし楽しいだろう。
だから僕はカールに尋ねる。
「試験が進んで、全区間を運行するようになるまでどれくらいかかる?」
「乗るつもりならせめて一週間待ってくれ」
どうやら僕の意図は見透かされていたようだ。
でも構わない。
一週間後が非常に楽しみだ。
※ サル、ゴリラチンパンジー♪
運動会でよく使用されるのでお馴染み『ボギー大佐』という曲。これを編曲した『クワイ河マーチ』が映画『戦場にかける橋』に使用されている。
この映画は泰緬鉄道建設が舞台で、泰緬鉄道(を含むタイの鉄道)は
つまりリチャード君は、
と連想した結果、これを歌いたくなった模様。
※ スラブ軌道、直結軌道
いずれも鉄道の線路に使われる道床の一種。
スラブ軌道はコンクリート路盤上にコンクリート製の板(軌道スラブ)を設置、その上にレールを敷く形式。東北・上越新幹線等で用いられている。
直結軌道はコンクリート短枕木をコンクリート製道床に固定し、その上にレールを敷く形式。地下鉄等で多く用いられている。
直結軌道は通常のバラスト軌道やスラブ軌道に比べ道床が固く弾性がない為、列車の走行による振動でレールの損傷や摩耗等を生じやすい。
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