第7話 試験線の敷設場所

 問題は多々あるにせよ、本業に限れば工房の連中は技師長以下有能揃い。

 思わぬ事案があったが、それでも2週間後には計画通りの場所にトロッコ路線が敷設され、稼働を開始した。

 残るはケーブルカーを使用する鉱区だけだ。


 しかしケーブルカーについてはまだまだ研究が足りない。

 トロッコの場合は使用していない第12鉱区で念入りに試験を重ねた。

 それに相当する作業が必要だ。


 いつもの朝の会議、僕は鉱山長としてケーブルカーについてカール技師長からの報告を聞く。


「システムの初期設計はひととおり終わりました。ただいきなり鉱山内に設置するのは不安が残ります。


 今回は今までの方法より複雑な分、試験運用をしながら各部の状態を詳細に確認したい。その為には坑内ではなく屋外に試験施設を作りたいところです。


 試験施工が簡単な地上で何処かいいところはあるでしょうか。出来れば実験の為の実験で無く、成果に結びつくような場所が望ましいのですが」


 実はこの報告、前日にカールから聞いて知っている。

 というか既に僕とカールで次の段階への手を打ってあるのだ。

 ここで話すのは全員に既定事項を説明する為に過ぎない。


 僕も3週間遊んでいた訳では無い。

 鉱山長としての根回しなんてのもしているのだ。

 この鉱山だけでなく、外部に対しても。

 領主家の息子という立場を最大限に利用して。


 そんな訳で皆さんからの意見が無い事を確認し、発言開始。


「現在、製鉄場では選鉱場や木炭加工場のある河原から高炉入口まで普通のゴーレム車で資材を持ち上げている。出来ればあれを効率化したいという話が前々からあるそうだ。


 もし良ければそちらで試してみたいと思うがいいだろうか。製鉄場の案件だから費用は製鉄場またはシックルード伯爵家持ちで交渉するつもりだ」


 なんて実は裏で話は決まっているのだけれども。 


 勿論この話、簡単に決まった訳では無い。

 鉱山事務所に比べると製鉄場の方は意識が古い。

 というか、うちの鉱山が多分に最先端アバンギャルドすぎるのだ。

 

 しかし製鉄場は基本的に同じシックルード伯爵家の直営。

 だから僕は実家に通い、当代伯爵である父を攻略した。


 幸い父は話がわからないタイプではない。

 それにうちの鉱山は既にトロッコが走っていて効果を上げている。

 そこで実際に運行中のトロッコを見て貰い、更に運行前と後のデータを見せて納得して貰った。

 作るのはトロッコではなくケーブルカーだが、それは隠して。


 父さえ口説き落とせば、後は伯爵家の意向という事である程度は動かせる。

 更に実験費用を伯爵家で持つとなれば製鉄場側も反対する理由はない。

 そんな訳で攻略を開始して2週間ちょいで、無事試験場所を確保した訳だ。


 これくらいの苦労、鉄道の為ならなんという事は無い。

 ケーブルカーも鉄道の一種、コレクションとしては悪くないから。


「なるほど。それでもしこの案件が取れたとして、第3鉱区等の新たな運搬手段はどれくらいで実現可能なのでしょうか」


 ダルトン採掘管理部長、きっと部下のゴーレム操縦者からせっつかれているのだろう。

 週に1度はこれに類する質問をしてくる。

 苦労はわかるけれども、すぐに出来ないものはしかたない。


「順調にいけば1ヶ月はかからないだろう。しかし相手先があることだしまだ試験実施前だ。明言は出来ない。それまでは採掘管理部の方でゴーレム操縦者の運用方法を調節する等して対処して欲しい」


「わかりました」


 確かにトロッコが整備された鉱区とそれ以外の鉱区ではゴーレム操縦者の負担に差が出てきている。

 しかしその辺は現時点ではいかんともしがたい。

 それまでは運用で何とかして貰おう。


 そんな感じで本日の定例会議を終える。


 ◇◇◇


 そして午後。

 工房から責任者のカール、副責任者で工房の良心とも言えるキットを連れ、製鉄場へ。

 アンドリュー製鉄場長は僕から見れば父の弟で、つまりは叔父。

 毎度定型的なご挨拶の後、現場担当の資材運送部上長の事務室へ。


「リチャード様、お久しぶりです。お元気そうで」


 此処の上長のエイダンとも顔見知りだ。

 というか此処の幹部のほとんどが僕の顔見知り。


 僕は一応領主の息子で、此処の上層部は血縁か父の部下。

 仕方ないといえば仕方ない。

 でもまあ普通に挨拶し、カールとキットを紹介。

 向こうも技術担当と今回こちらを手伝ってくれるゴーレム操縦者のカロット氏を紹介した後、本題に移る。


 まずはカールにより、どんな物をつくるかについて説明だ。

 奴は元々講師だったので、こういったプレゼンもそこそこ上手い。

 ケーブルカーの原理からその利点まで淀みなく説明する。


「なるほど。効率がいい上、ゴーレム操縦者の人数も一気に減らせる訳ですね。ただ今まで見た事がない仕組みです。

 鉱山の方では既に新しい運送技術が動き始めて採掘効率も上がっていると伺っていますが、その技術の延長線でしょうか」


 まさにその通りだ。

 僕は頷く。


「ああ。これで坑口から採掘現場までの距離が長くなってもある程度対応出来るようになった。またゴーレム操縦者にも余裕が出来た結果、1人あたりの採掘量が増え始めている。その応用をここの資材運搬で試そうという訳だ」


 あと、追加して言っておくべき事がある。


「これが上手く行くと運搬可能な量が増えるだけでない。エイダンの言う通り運搬に関わるゴーレム操縦者の人数も削減する事が出来る。


 ただゴーレムを操縦できるレベルの魔法使いは貴重だ。もし此処で必要なくなった場合、鉱山の方で採用させて貰いたい。この事については現在運送に携わっている操縦者にも伝えておいてくれ」


「わかりました。そこまでお考えいただき、ありがとうございます」


 ゴーレム操縦者の待遇の為だけではない。

 僕の更なる野望に必要なのだ。

 更なる鉄道網を、レールを伸ばしていく為に。


 この世界の動力源は人力か畜力か魔法。

 この中で最も扱いやすく力が強いのが魔法で、その中でも力として使いやすいのがゴーレム。

 故に鉄道を更に発展させる為にはゴーレム操縦者が絶対必要だ。


 そしてゴーレムを操縦可能な土属性レベル3以上の魔法使いは10人に1人。

 採用出来る時に確保しないとなかなか集められない。

 だからこそこの採用のチャンスを逃すわけにはいかない。


 十数人くらいなら僕のポケットマネーでも雇える。

 それに次の鉄道敷設案も、その為の言い訳も考慮済だったりするのだ。

 これもまだカールと工房の連中にしか打ち明けていないけれども。

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