第6話 陣中見舞いのつもりが

 トロッコ&ケーブルカー整備計画が出たあの会議から2週間。

 トロッコ整備は順調だ。

 早くも第1鉱区、第2鉱区から選鉱場前を結んだ路線が運行をはじめた。

 他の鉱区の連中はそれを羨望の目で見ているらしい。


 それでは僕も工房に感謝と激励に向かうとしよう。

 叱咤ばかりして激励なしでは人は動かない。

 たとえるならムチとロウソク……ではなくアメとムチだ。

 人によってはムチとロウソクの方が興奮するらしいけれども。

 

 疲れているだろうから甘いものがいいだろう。

 そんな発想で用意したのはアイスクリーム。

 かつて某高速列車の車内販売に存在していたのと同じ、ガッチガチに固い奴だ。


 勿論ここはJR●海ではないしアイスもスジ●ータではない。

 しかし空気の含まれる量を少なくして極力あの雰囲気に似せている。

 当然ガッチガチに冷やすところも同じ。

 ドライアイスではなく魔法で、だけれども。


 勿論このままでは食べるのが大変。

 木のスプーンでは歯が立たない。

 だからホットコーヒーも用意した。

 これをちびちび入れて溶かして食べるのが正しい作法だ。

   

 実はここ3日間、カールの顔を見ていない。

 奴め多忙中という事で朝の幹部会議も休んでいるのだ。

 鉱山のトロッコ化で多忙なのは皆さん知っているから文句は出ない。

 ただこうも顔を見ないと心配になる。


 そんな訳で定例作業が終わった午後、工房へ。 

 ノックする。

 返事はない、ただのしかばねのようだ。

 いや違う。


「リチャードだ。入るぞ」


 やはり返答はない。

 しかし魔力反応から中に人がいるのはわかる。

 いや待てよ、この反応は……


 僕は扉を開ける。


 すえた臭いが漂ってきた。

 僕は中を見やる。

 散らばっている素材と製品、そして……


 壊れたロボットのような動きで鉄塊インゴットを引き延ばしてレールを製造中の者2人。

 やはり機械的な動きで車軸と車輪を一体成形している者2人。


 張り付いたような薄笑いを浮かべながらナベトロを組み立て中が2人。

 倒れて動かない者1人。

 そしてこの部屋のボスは何やら巨大な歯車を製造中。


 誰かが作業しながら歌っている調子外れな鼻歌が聞こえる。

 

 あさだあさだよあさがきた。

 ひるすぎそうしてよるがきた。

 よるがすぎればあさがくる。

 あさだあさだよ……


 何が起きているのかを僕は理解した。

 実は以前にも同様の事案があったのだ。


 あれは1年前。

 国立研究所が発表した新たな理論で採掘用ゴーレムを全面改良した時だった。

 採掘ゴーレムを一気に更新しようとした結果、工房の業務量はぎりぎり状態になった。

 その時に運悪く選鉱場の装置が故障。

 結果、工房の仕事量がパンクした。


 本来は仕事量が多くなりすぎないよう各部門で調整する。

 ただし調整は基本的に部門長の仕事だ。

 カールはそういった事をあまり考慮しない。

 目の前の仕事は一気に片付けてしまおうとするタイプだ。


 普段は副部門長のキットがその辺をカバーしている。

 だがキットは工房で唯一常識人まともであるが故、渉外だの調査だのといった作業で外に出たりする事が多い。

 この時は鉱山学会で長期出張中だった。


 そして残った工房の連中は、困った事にカールと同じタイプの奴ばかり。

 なおかつ何故か独身揃い。


 更に悪い事に係員の1人、マリオは疲労回復魔法を使える。

 奴が皆に言われるがままに疲労回復魔法をかけまくる。

 そうして仕事をしているうちに感情も理性も薄れていき……

 悪夢の業務風景が完成した訳だ。


 あの時は帰ってきたキットがこの惨状を発見。

 僕に報告し、僕が厚生担当のミオネラさんを連れて現場に急行。

 ミオネラさんの睡眠魔法で全員を寝かせ、搬送して救護処置。

 全員の体調が戻り工房が正常稼働するまで1週間を要した。


 今回もそのような事態になりつつあるようだ。

 そう言えば今回もキットは出張中。

 しまったと思ってももう遅い。

 今の僕が出来るのは起きてしまった事態の収拾だけ。


「とりあえず休憩しろ。鉱山長命令だ」


「大丈夫だ、問題無い」


 妙に穏やかな表情と口調で返答するカール。

 いや問題あるだろう、お前ら完全におかしくなっているぞ。

 なおマリオ君は既に魔力切れで倒れていた。

 前回もそうだったなと僕は思い出す。


「どうでもいいから少し休め」


「ものづくりこそは人間から神に与えられた福音だよ。違うかい、リチャード」


 カールめ薄笑いを浮かべながらそんな事をいいやがる。

 駄目だこれは末期だ。

 廃を通り越して性格までおかしくなっていやがる。

 強硬手段をとるしかないだろう。


「睡眠魔法!」


 僕は医療系や生物系の魔法は苦手。

 しかしそれでも疲れでゾンビ化しつつある連中には効いた模様。

 バタバタと倒れていく。


 しかし1人だけ魔法への抵抗に成功した奴がいた。

 他ならぬカールだ。

 奴はむやみやたらと魔力が高い。

 僕レベルの睡眠魔法など跳ね返してしまう。


「リチャード、困るじゃないか。僕達は工作をするために生まれたんだよ、違うかい……」


 やばい、危険だ。

 このままでは捕まってゾンビのように働かされてしまう。

 仕方ない。

 ここは一時退却して戦線を整えなければ。


「陣中見舞いだ。これでも食べてくれ」


 陣中見舞いに用意していたアイスをアイテムボックスから出す。

 セットの筈のホットコーヒーはあえて出さない。


「ほほう、これはこれは。どのような味ですかな」


 疲れでおかしくなっている分、普段のカールより本能に沿って動きやすい模様。

 しかも今回のアイテムはシ●カンセンスゴ●カタ●アイスもどき。

 これをホットコーヒーなし状態で出したのだ。

 カールといえどすぐには食べられない筈。

 これで時間を稼いで僕は工房を脱出だ。


 少し離れたところで背後を確認。

 奴は追いかけてはこない。

 やはりアイスの固さに手間取っているのだろう。

 逃げ切る事は出来たようだ。


 とりあえずミオネラさんを連れてこよう。

 彼女の睡眠魔法ならカールを倒せ、いや眠らせる事が出来る。

 そうしたら医療魔法持ちを呼んで処置して貰って、搬送して……

 そんな事を考えながら僕はミオネラさんのいる庶務事務室を目指す。


 ◇◇◇


 業務停止は3日間で済んだ。

 前回より発見が早かったおかげだ。


 この事態を招いたカールをはじめ、不在のキットを除く工房勤務員はそのまま医療処置室へ搬送処置。

 上司で監督不行届とされた僕及び副鉱山長エドワルドは厚生担当ミオネラさんにウン十分あまり説教されて。


 そして僕及び副鉱山長のエドワルドの責任の元、坑内トロッコ普及計画もゆとりあるものに変更させられたのだった。


※ シンカンセンスゴイカタイアイス

  かつて東海道新幹線の車内販売でお馴染みだったアイス。スジャータ製で紙カップ入り。美味しいがとにかく固いので有名だった。


  通は車内販売で一緒にホットコーヒーを頼み、アフォガード状態にしながら食べたという。またこれを食べるために熱伝導率のいいスプーンを持ち込むという者もいたらしい。


 (勿論これらアイテムに頼るのは邪道であり、アイス単体をついてくる木のスプーンで食べるのこそ正しい新幹線の作法、という説もあった。車販が無くなった現在はどうでもいい話だが)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る