第11話 予想外のチャンス

 実家に着くなり2階奥の父の部屋へ通される。

 中には長兄で領主代行のウィリアムもいた。

 応接セットの所で何やら話し合いをしていたようだ。


 とりあえず定例の挨拶から開始。


「お久しぶりです。父上も兄上もご健勝で……」


「挨拶はいい。まあ座れ。パトリシアからの手紙の件だろう。こっちにも来た。私のところとウィリアムのところ両方にな」


 話が早くて助かる。

 しかしパトリシア、父にも兄にも依頼していたのか。

 なかなか用意周到だな。

 そう思いつつ応接セットの空いている側へ。


「となると、実際に体験できるよう施設を整えた上、スケジュールを空けて案内しなければならないという事ですか」


「ああ。パトリシアからだけではない。スティルマン伯爵家からも手紙が来ている。娘が面倒なお願い事をして申し訳ないが便宜を図ってくれとな。

 見たいのは高炉上へ上る乗り物だけではない。坑内を走るあの荷車も含め、最近導入した目新しい運搬具全てのようだ。

 なお家の方から同行者が来るという話は無い。あくまで娘達の行事という話だ」


 スティルマン伯爵家からも連絡があったとは。

 これでは断る事はできないなと思う。

 元々断る気はないので構わないけれども。


「これらの新しい物を見られた場合何らかの問題が生じるでしょうか。父も私もその辺の判断が出来ません。何なら明日にでも鉱山に行って確認しようという話になっていました」


 筋肉達磨なウィリアム兄、見かけと口調のギャップが相変わらず酷い。

 実は兄のギャップはそこだけではないのだけれど。

 そんな事を思いながら僕は兄の台詞に対しての返答を考える。


 この国というかこの世界では知的所有権というものは重んじられていない。

 良いものを発見した場合、模倣する方がむしろ美徳とされる位だ。

 そして模倣された場合、僕の事業に損害はあるだろうか。


 もし僕が鉄道を独占しようと思っているのならば、知られる事は損害となるだろう。

 しかし独占する程の資金力は無いしそんな野望も無い。


 むしろ僕以外の人間が考えた鉄道というものを見てみたい。

 この世界で鉄道が地球での常識を外れどう発展するのか。

 一介の鉄として非常に興味を引かれる。


 ただ実際問題としては事業の方も特に問題ないだろう。

 シックルード家の財力では出来てせいぜい領内の東西に鉄道を敷設するところまで。

 国内横断鉄道なんて規模は到底無理だ。


 そして鉱山についてもライバルを気にする必要はない。

 元々ゴーレム化のおかげででマンブルズ鉄鉱山の採掘効率は国内一。

 真似できるなら既に追随者が出てきている筈だ。


 今更トロッコ部分だけ真似してもそう簡単に追いつけるとは思わない。

 ついでに言うとスティルマン伯爵家の領地に鉱山は存在しない。


 だから鉄道を模倣されたところで全くもって問題はない。

 そもそも僕が導入しようとしている鉄道の知識は地球において100年以上にわたって進化してきた上の知識だ。

 さっと見学したくらいで全てを理解出来るとは思わない。


 理解出来て模倣し発展出来るならどうぞやってくれ。

 そうやって成功したのなら一介の鉄として惜しみない拍手を送ろう。

 たとえ僕自身は破産したとしても。


 ここまで考えて、そして僕は回答を口にする。


「問題はありません。何でしたら開発中のものを含め、全てを見ていただきましょう」


「大丈夫なのか、それで」


 心配そうなシックルード伯ちちに僕は頷く。


「ええ。見られて、そして模倣されて困るものは何もありません。スティルマン伯爵家と我が家の産業は協業するものはあれど競合するものはほとんどありませんから。

 勿論見学していただく部分はある程度整備する必要があります。たとえば高炉上に上るあのケーブルカー、あれに高級ゴーレム車のような車体を取り付けるとか」


 僕にとってはむしろチャンスだ。

 これで父や兄にアピールできれば森林鉄道実現が更に近くなる。

 そして万が一、スティルマン伯爵家に協力して貰う事が出来たなら。

 森林鉄道だけでなく都市間鉄道も早期に着工できるかもしれない。


 もしシックルード領からスティルマン領へ鉄道を引くことが出来たなら。

 シックルード領にとってはかなりの利益となる筈だ。


 現在のシックルード領の主な特産品は酪農関係、木材、鉄。

 このうち木材と鉄は主に河運によって運ばれる。


 しかし河運は河川の水量によって不安定になる。

 また上流方向へ船を曳くのはかなり面倒な作業だ。


 これが鉄道を使用する事になれば。

 河川の水量と関係なく、上流への曳船なんて手間もかからなくなる訳だ。


 勿論スティルマン領にとっても悪い話では無い。

 木材や鉄はこの世界でも産業の必需品。

 安定して入荷するメリットは大きい筈だ。

 

 まあそこまで期待するのは流石にやり過ぎだろう。

 おそらくは貴族令嬢のちょっとした興味に過ぎないのだろうから。

 それでも父や兄にアピール出来る機会は逃すべきでは無い。


「早急に見学していただけるように設備を整えましょう。準備が出来次第、父上と兄上には実際に確認していただく事とします。

 期間は……」


 さっと日付を確認する。

 本日は7月3日。

 一行が来るのは7月25日。


 ならリミットは7月20日前後といったところだろう。

 勿論、父や兄の意見を受けて修正その他を行う日数も計算したほうがいい。

 とすると……


「とりあえず1週間である程度の形を作らせます。7月10日には父上と兄上に見て確認していただけるかと」


 僕は更に何をどうするか、父や兄に簡単に説明しつつ思う。

 さて、忙しくなるぞと。


 ケーブルカーを御嬢様方用に高級ゴーレム車並みに改装するだけでは無い。

 ゴーレムによる坑内運送も見ていただこう。

 選鉱場の近くなら中に入らなくても様子を見る事が出来る。


 更にあの、森林鉄道の見本として作った試験線や機関車も整備しておこう。

 荷車の他に客車も作って、実際に乗車して走れるように。


 忙しいが面白い事になってきた。

 この件をカールに教えても同じ意見だろう。


 とりあえずその辺の作業のためにも、ここで父に資金をせびっておこう。

 領内へのお客様の為だし、領主が支払うのは当然だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る