プロローグ2 僕が思い出した経緯

 転生前の記憶を思い出すパターンなんて大体決まっている。

 高熱を出すか事故に遭うか、はたまたとんでもない衝撃的な出来事に出逢うか。


 僕の場合は事故で頭を打ったのがきっかけだ。

 ゴーレム車でつい速度を出しすぎ、横転したあげく思い切り頭を打った。

 そうして寝込んでいる最中、夢の中で前世を思い出した訳だ。

 かつて僕は日本の鉄道オタクだったという事を。


 鉄オタといっても評判の悪い撮り鉄とか盗り鉄とかではない。

 本来は鉄道模型系、通称模型鉄という奴だ。


 そのうち車両やポイント等の施設、そういった物の工学的構造にも心引かれるようになった。

 自分の部屋ではNゲージでパノラマをちまちま作って楽しんで。

 操車場の複雑な線路敷設状況と分岐器ポイントに萌えて。

 ああ名鉄瀬戸線のガントレットよ何故僕が見る前に廃止してしまったのだと嘆く。

 そんな感じの鉄オタだ。


 夢は15インチ381mm軌間の庭園鉄道を自分用に作る事。

 本当はせめて狭軌1,067mmで作りたいがそんなの到底無理。

 だから独身で金貯めて早めに退職ファイアし、田舎に土地を買って自分用の線路を引くぞ!

 そう思っていたのだが夢半ばにして倒れてしまった。

 鉄道では無く自動車事故で、まだ三十代半ばという時に。


 夢から覚めたがまだ目は瞑ったまま、僕は今の夢をもう一度思い出す。

 間違いない。

 前世、鉄オタだった記憶は残ったままだ。


 そして考える。

 今の僕なら鉄道を作れる、作れる条件も揃っていると。

 なら今こそ夢を叶えるべきだろう。

 僕の僕による僕の為の鉄道を作る事を。

 

 さて、それでは起きよう。

 目を開けてベッドから身を起こそうとする。


「もうよろしいのですか、リチャード様。ご無理をなさっては」


 これはベッドサイドで椅子に座り、僕の容体を見ていたらしい見習いメイドのヒフミ。

 おそらく僕は事故の後、寝たままだったのだろう。

 何時間、あるいは何日間寝たのかはわからないけれども。


「ああ、大丈夫だ」


 僕はヒフミにそう声をかける。

 今の僕はリチャード・トレビ・シックルード。

 シックルード伯爵家現当主の三男だ。


 現在18歳。

 2年前に首都の高等教育学校を出た後、シックルード領の稼ぎ頭であるマンブルズ鉄鉱山の鉱山長を務めている。

 まあ実際の実務のほとんどは部下に任せているけれども。


「わかりました。今すぐハウスキーパーを呼びますので少々お待ち下さい」


 ヒフミはそう言うと僕の寝室を出て行く。

 すぐにハウスキーパーのニーナさんがやってきた。


「そのまま動かないで下さい。今、御身体の様子を確認します」


 彼女は僕の家の全部を統括して見てくれている。

 つまり執事兼メイド長みたいな立場だ。

 なお彼女は医療属性レベル3の魔法持ち。

 つまり健康診断や病状診断的な事も可能。


 元々は実家のメイドだった。

 多才だし信頼できるので父にお願いして引っぱらせて貰った。

 確か22歳で僕と4年しか年齢は違わない。  

 しかし世話になりっぱなしなので微妙に頭が上がらない存在だったりする。


「確かにもう宜しい様です。しかし今度から御自分でゴーレム車を操縦されるなんて危険な事はおやめ下さい」


「ああ、今度こそ気をつけるよ」


 何気なさを装った返答。

 しかし彼女は僕の意図を察したようだ。


「操縦しない、とはおっしゃらないのですね」


「ああ。ただ速度は控えるようにするから」


 ニーナさんはため息をひとつつく。


「今回はそれで結構です。それではお食事の準備をさせます。半の鐘が鳴りましたら食堂へお願いします」


「わかった」


 そう言って、そして聞いていなかった疑問にふと気づく。


「そう言えば僕はどれくらい寝ていたんだ。事故の後」


「今は事故から3日目の朝です。事故の後、思考活動が少し異なる形に見えましたので、念の為睡眠魔法でしっかり休んでいただきました。

 それでは失礼致します」


 そんなに経っていたのかと僕は思う。

 思考活動が異なる形うんぬんはきっと前世の記憶が戻ったからだろう。

 なお思考活動の形を見られても思考そのものが見える訳では無い。

 だから鉄オタだったという記憶は見られていない筈だ。

 

 あと仕方ない事はもうひとつ。

 今度からは安全運転を心がけよう。

 確かに僕はスピード狂だったから。

 それも馬やゴーレムに乗って走るタイプではない。

 極限まで軽量化した車をゴーレムに牽かせて走るのが好きなのだ。


 今思うとその理由もわかる。

 きっと鉄オタの魂が無意識のうちにそんな形で現れていたのだ。

 でももう大丈夫。

 僕は自分の夢を思い出した。


 とりあえず魔法で濡らした布で顔を拭き、寝間着から着替える。

 別に貴族用の面倒な装束など着ないので着替えではメイドは呼ばない。

 伯爵家も三男くらいになると格式とか気にしないのだ。

 何処ぞの入り婿にでもならない限り僕の次の代で貴族でもなくなるし。

 次の代が存在するかどうかは別の話として。


 さて、朝食までしばらく間がある。

 その間に思い出した事を整理し、忘れないようにメモしよう。

 僕は小机について紙とペンを取り出す。

 線路の基本構造、分岐器ポイントの構造と種類、鉄輪について、そして台車の構造も……

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