“みたいなもの”

 久しぶりの鶏のクリーム煮は我ながらかなり上手くできたと貴子は思った。ホワイトソースは自信がなくてシチューの素を使ったけれど、それ以外はすべていちから手作りだ。誠也が見せてくれた写真のどこか垢抜けない見た目とは違ってソースの白さが際立っているし、ミニトマトの赤がアクセントのグリーンサラダも添えて見栄えも栄養も申し分ない。貴子はアングルを変えて何枚か写真を撮ってから、意気揚々とふたりを招いた。


 「おお、凄いな」くらいは言ってもらえると思っていたのに、皿の中を見たふたりの反応は今ひとつだった。食事が始まってからも無言のままだ。見た目はもちろん、味もばっちり決まっているはずなのにどういうことなのか貴子は図りかねた。そしてとうとう痺れを切らして自分から感想を求めた。


「これはこれでいいんじゃないか」


 浩司は皿を凝視したまま大きく息を吸うと、吐く息に乗せて淡々と言った。


「え〜、何その微妙な言い回し。せっかくリクエストに応えたのに」


 貴子は期待を込めて誠也を見た。誠也は目を合わせようとしない。


「誠也はどう? 気に入ってくれた?」


「うん、すごく美味しい。すごく美味しいけど……これ、シュクメルリじゃないよね」


 誠也は助けを求めるように父親の顔を見た。


「え? どういう意味?」


 貴子は誠也の言ったことが理解できず、同じく夫に救いを求めた。しかし、その返事は皮肉に満ちていた。


「こんなこと言いたかないけど、おまえちゃんとレシピ見たのか?」


「み、見てないわよ。クリーム煮くらい頭に入ってるもの」


「やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ。俺はシュクメルリのことをクリーム煮だって言ったんだぜ」


「みたいって、同じようなものなんでしょ?」


「“同じような”と“同じ”は違うだろうが。だからお前はダメなんだよ。シュクメルリはどっかの国の郷土料理でこんな味じゃないし、見た目だって全然違う。どうせこれはいつものシチューの素を使ったんだろ?」


「それは……」


 貴子は今日唯一の弱みを突かれて答えに窮した。


「お前はいっつもそうだ。焼肉でも鍋でも麻婆豆腐でも、とにかく何でも市販の素を使うじゃないか。だったら今日だってシュクメルリの素を使えば良かったんだよ。そしたら少なくともこんなシチューもどきのクリーム煮なんぞ食べずに済んだからな」


「そんな言い方……」


「いつもいつも同じ味付けでこっちは飽き飽きしてるって言ってるんだよ。それだけじゃない、魚と言えば塩鮭か干物、サラダと言えばレタスときゅうりとトマト、味噌汁と言えば豆腐にワカメ。料理のバリエーションが極端に少ないくせに毎回聞くんだ『何にする?』ってな。せっかく誠也がリクエストしたってこのざまなら、もう二度と何にするかとか聞かないでくれよ」


 浩司は何かのスイッチが入ったかのように一気にまくし立てた。


「何よ、そんな言い方しなくたっていいじゃない。あたしだって……」


 貴子はそれ以上言葉にできず唇を噛んだまま夫を睨んだ。浩司は小さく舌打ちして席を立ちそのまま部屋を出て行った。程なく玄関のドアが閉まる乾いた音がすると、取り残された誠也は残りのクリーム煮を急いでかき込み、流しに皿を運んだ。そして去り際に小さな声で言った。


「お母さん、ありがと。美味しかったから大丈夫」


 パタンとドアが閉まった途端、貴子の目から涙が堰を切って溢れ出した。

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