家族の食卓
いとうみこと
シュクメルリ
「晩ごはん何がいい?」
皿を洗いながら、
「何でもいい」
「じゃ、パパは納豆ご飯ね」
貴子のボケに無視を決め込むのもいつものことで慣れている。貴子は部屋を出ようとしていた息子の
「誠也は何がいいの?」
一応質問はしたが、貴子は答えを求めていなかった。こういうとき、誠也はどうせ「から揚げ」としか言わない。
「シュクメルリが食べたい」
「え?」
貴子のみならず浩司までもが驚きの声を上げた。
「なんだ誠也、随分と洒落たもの知ってるじゃないか」
貴子はまたも驚いた。自分が知らない料理名を夫が知っていることに。
「給食で出たから」
「ああ、そういうことか。あれ旨いよな。じゃあ俺もシュクメルリ。ま、作れたらでいいけど」
「何よその言い方、まるで私がそのシュクなんとかっていうのを作れないみたいじゃない」
「じゃあ作れるのかよ」
「それは……」
それ見たことかと言わんばかりの夫の顔に悔しさがこみ上げたが、名前すら聞いたことのないメニューを作れるとはさすがに言えない。
「お母さん、これだよ」
誠也がスマホを貴子の前に差し出した。画面には一見シチューのような素朴な料理が表示されている。
「鶏肉のクリーム煮みたいなやつだよな、誠也」
「まあ、そんな感じ」
「え? そうなの? 変な名前で呼ぶからわからなかったけど、それなら得意料理よ」
貴子の言葉に、父子は揃って眉をひそめた。
「俺たち食ったことある?」
夫の問い掛けに貴子の口が尖る。
「何度か作ったわよ。最近はちょっとご無沙汰してたけど……」
「ふうん。じゃあまあそういうことで」
浩司は面倒臭そうに話を切り上げると再び画面に視線を戻し、誠也もまたリビングから出て行った。ひとり取り残された貴子は、フライパンを束子でゴシゴシ擦り始めた。こびりついた中華麺がなかなか取れなくてイライラする。先程の夫のセリフが頭の中でループして苛立ちに拍車を掛けた。
作れたらでいいからって、自分は目玉焼きひとつ作れないくせに偉そうに。主婦歴二十年のキャリアを舐めんじゃないわよ。
貴子はエプロンを脱ぎ捨てると、洗い物を放り出して鶏肉を買うべくスーパーへと向かった。
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