賞金は半分よこせですの!

「時人ったら、野球選手になったことも黙っていたのよ。ずっとパチンコ屋さんでアルバイトしていると思っていたから、びっくりしちゃったわよ。急に家をリフォームしてあげるとか言うんですもの」




「その話は私も聞きました。素晴らしい息子さんだと思います」



「そんなんじゃないのよ!でも今まで彼女がいる雰囲気すらなかったからびっくりしちゃったわ! ご飯は食べた? 時人はだいぶ元気そうだし、外でお茶でもいかが? せっかく東京に来たんだし、表参道辺りに行ってみましょう」




「いいですね! 実はその辺りに訪ねたいラーメン屋さんがありまして……」



「あら! これは東京ラーメンナビじゃない!みのりちゃんもラーメン好きなの? 行きましょう、行きましょう!今から行けば、ちょうど開店時間で入れそうね」




そういえばうちの母親もまあまあのラーメン好きだったことを思い出した。



母親とみのりんですから、いわゆる嫁姑みたいな構図。


もっとこう、俺が寝ているベッドがひっくり返ったり、みのりんの眼鏡にヒビが入るような修羅場が繰り広げられると思っていたんですけど。




「そうなのよ。時人は昔から揚げ物だの、コーラだの、アイスだのばっかり食べようとするから。体に悪いんだから、遠慮なく叱ってあげてね」





「はい。食事の時は必ずサラダを先に食べてもらったり、牛乳や飲むヨーグルトなどでしっかりカルシウムも摂ってもらってますのでご安心下さい」




「あら、すごいわね!やっぱりみのりちゃんはしっかりしてるわあ!」




秒で仲良くなってしまった。





午前11時過ぎ。誰も居なくなってめっきり静かになった病室に看護師さんがやってきて、検診を行う。



母親とみのりんは意気揚々と表参道へ出掛けていき、午後には会社に戻らなくてはならない父親もさっき居なくなった。



みのりんがコンビニで買ってきたスポーツ新聞には………三振を奪い、ゴールを決めたサッカー選手のように、自分の背中を両手で指してアピールする仕草が勇ましいキッシーの姿。


そのアピール背中には64の背番号とARAIの文字があったのだ。





離脱の同級生、新井のユニフォームを身に纏い3者連続三振の快投を見せたビクトリーズ岸田が優秀投手賞という記事が出ていた。




1点リードの8回、オール東日本のマウンドには、ビクトリーズでクローザーを務めるキッシーが上がった。


ファン投票は、抑え投手部門で僅差の3位ながらも、横浜ベイエトワールズの監督さんの推薦でオールスター初出場。



得意のフォークボールとスライダーが冴え渡り、3者連続三振を奪う抜群のパフォーマンスを披露した。それ以上に話題になったのは、俺のユニフォームを着てマウンドに上がったこと。



互いに初めての晴れ舞台で、東京スカイスターズの中橋監督は、新井と岸田の同時起用を考えていたが、それは叶わず。



しかし、オール西日本チームと審判団の許可を得て、俺をユニフォームを身に纏って優秀投手賞、100万円ゲットですから、キッシーもなかなか味な真似をするじゃないの。





午後。



昼飯を食べ終わり、みのりんが買ってきた漫画雑誌を読み漁っていると、嫁姑コンビがニッコニコで帰還した。



どうやら、背脂がギトギトなこゆいラーメンを食べてきたみたいで。薄味の病院食だった俺にしてみればなんと羨ましい。




平柳とキッシーが買ってきてくれたメロンを切り、表参道で有名なバウムクーヘンをおやつにしたりしながら、嫁姑コンビは俺の小さい頃の話や普段の食事の話なんかで会話が途切れることはなかった。




程なくして担当のお医者様が現れ、都合が着いたので宇都宮の病院に転院しましょうとの通達。




オールスターの第2戦が始まる頃には面会時間も終わり。嫁姑コンビはそのまま、みのりんが泊まったホテルに今度はツインルームの部屋をキープしながら仲良く帰って行きました。




オールスター第2戦の方は、初回にヒットの北海道フライヤーズの藤並君を2塁において平柳君の2ランが飛び出し先制。



同点に追い付かれた6回にはまた平柳君が満塁で右中間を破る走者一掃のスリーベースヒットを放ち、守ってもショートでファインプレーを連発させた彼が、朝の宣言通りにMVPを獲得してしまった。





そして翌日。俺は首に輪っかをはめたまま、母親とみのりんに付き添われて宇都宮へと戻ることが出来た。








球団と契約している病院に来たのは、およそ1年前。広島カルプスとの交流戦の時でしたね。



1軍で前村ちゃんからプロ初ヒットを打って、ピッチャーを増やしたいからとすぐに2軍に落とされて。



そして10日後に1軍に舞い戻り、しかも初スタメン。


よし、やったるで!となっていたところに、キャッチャーフライを追いかけた向こうさんチームのキャッチャーがビクトリーズベンチに突っ込んできた。




咄嗟に危ないと出した手がベンチとキャッチャーの選手に挟まれる形になってケガ。そしてまたすぐに2軍落ちし、みのりんに慰められる形になったと。




そのケガを見てもらった以来ですね。





東京とは違って、少しは俺のことを知っている人がいる病院。太客であるプロ野球チームの選手が、交通事故に会ってしまって首を痛めたという情報は当然知れるところになっていたようで。



病院にえっちらおっちらとやってきた時のざわざわ感は半端なかった。




新しい病棟の上の方にあるよさげな個室をキープしててもらったみたいで。色々と保険が下りますから遠慮なく使わせて頂く次第。




その部屋に落ち着くやいなや、球団のお偉いさんや萩やんや他のコーチ陣。選手を代表して阿久津さんと柴ちゃんがお見舞いにきてくれたりして。




メロン様が大量に並ぶことになりましたよ。

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