うちの人とは?
「新井さん、新井さぁん! 本当に無事でよかったですよぉー!!」
「分かったから、離れろ!」
平柳君は俺の顔を見るなり、涙をぼろぼろと流しながら一目散に抱きついてきた。みのりんですら、病室では泣いてなかったのに。
「新井、ほら、これ一応差し入れな。平柳君と買ってきたから」
キッシーがそう言って渡してきたのは、わざわざ風呂敷に入れられた厳かな包み。
近くにきただけで分かるその丸みのある存在感。
「おお! 立派なメロン様じゃないか!ふたりともサンキューな」
「いえいえ!新井さんの為なら、なんでも買ってきますよ!!」
「それじゃあ、平柳君。青山に一軒家建ててくれ」
「分かりました!行ってきます!」
平柳君はそう言い残して病室から居なくなった。
俺とキッシーは唖然とするしかない。
「ところでケガの具合はどうだい、4割打者」
「ああ、見ての通り、でっかい首輪を着けられましてね。スマホをいじるのも一苦労ですよ、防御率1,98」
「どのくらいで復帰出来そうなんだよ」
「とりあえず1週間入院して、経過観察して。早くてもう1週間ってところかね。1軍に戻るのはもう1週かかるかも」
「全く、ツイてねえな、お前は……」
「はは」
「新井さん、大変です!!」
病室を出ていった平柳君がひょっこりと現れて、その傍らにはみのりんがいた。
「廊下に、もしかして……という女の子がいたんで、気安く声を掛けたら、やっぱりみのりんでした!」
「人のみのりんに気安く声を掛けないで下さい!」
「はじめまして。山吹みのりです」
「はじめましてー! ずっと会いたかったんですよー!新井さん、可愛い彼女がいるって言っていたので、どんな人だろうって思って楽しみにしていたんですよ!しっかりとしていて、料理上手で、こんなに可愛いらしい人と付き合ってるなんて幸せ者だなあ!」
「は、はい……えっと……」
平柳君のまくし立てるような褒め方に、みのりんがたじたじ。別に、付き合ってるとか、みのりんが彼女だとか、そんな話は1つもしたことないんだけど、これが球界ナンバーワンショートの嗅覚のようなものだろうか。
俺とみのりんの微妙な関係性を嗅ぎ付けるやいなや、その間で走り回る小型犬のようにすら見える。
そんな平柳君の立ち振舞いに、みのりんもどうしたらよいかという感じだが、とりあえず初対面であるキッシーにもペコリと頭を下げた。
「岸田さん、はじめまして。いつも、うちの人がお世話になってます」
みのりんが丁寧な口調でそう告げると、同じく若干引き気味だったキッシーもみのりんにペコリ。
「いえいえ。彼が打って点を取ってくれるので、自分にも出番が回ってくると言いますか。お世話になっているのはこちらの方でして……」
「そんなことは。もっと守備範囲が広かったらよかったんですけど」
「いやいや。俺としては、守備範囲よりも、アウトに出来るのをしっかりアウトにしてくれる方がいいんで………」
「でも、今年も何回か、他の外野手ならキャッチ出来た打球があったりとして………」
「彼はその分、送球が正確だったりしてますから、エラーもあまりありませんし」
人の目の前で、勝手に守備力について語り合わないで欲しいですわよね!
「それじゃ、俺と岸田さんはチームに合流しますんで、今日の試合も大活躍しますから。おふたりさん、ちゃんと仲良く観戦して下さいね。ケンカとかしないように!」
「俺は今日投げないけどな」
「あれ?そうでしたっけ? まあ、いいや。それじゃ、新井さん、お大事に! 後半戦の試合でまた会いましょう!」
今日のオールスター第2戦は福岡。その移動する直前の忙しない時間にやってきた平柳とキッシーは病室から去っていき、みのりんと2人きり。
芳醇なメロンの香りが2人の間を漂っていた。
「ホテルはどうだった?ちゃんと寝れた?」
「うん。思っていたよりもちゃんとしてたよ。さっき食べた朝ごはんも美味しかったし」
「あら、そう。よかったですわね」
平柳君のせいで、なんとなく会話が弾まない空気だが、彼女には伝えておかねばならない。
さらなる襲来者の存在を。
「この後、うちの両親が来るんだけど、どうする? 会っておく?」
そう訊ねると、東京ラーメンナビゲーションという雑誌に夢中だったみのりんがぎょっとした顔を見せた。
「え?ほんとう? どうしよう、会っておいた方がいいかな?」
「なんとなくだけど、今後のことを考えると、会っておいた方が話が早い気がするんだよね」
「なんか分かる」
「時人ー!」
そんなこんなしてる間に、病室のドアが開かれ、母親が現れてしまった。
予定ではもうちょっと時間が掛かるはずだったのに。
もうみのりんに逃げ場はなかった。
「は、はじめまして!山吹みのりと申します!その、新井くんとはとても仲良くさせてもらってまして!」
みのりんが勢いよく椅子から立ち上がりながらのそんな宣言に、うちの母親、直子もそれ以上にびっくりした様子だった。
その拍子に、平柳君達が持ってきたものとはちょっと水を開けられた形のメロンちゃんが宙に浮く。
「おっと、危ない」
それを俺の父親である、克之がナイスキャッチ。
「あら、どーも! はじめまして、ご丁寧に! もしかして、アレ? 時人とはしっぽりとした感じの………?」
「はい……。結構そんな感じでして……。いつも元気づけてもらってます」
事故でケガして病院に運ばれた!という状況でわざわざ同じように新幹線に乗ってやってきているわけだから、なんとなく母親も予想は難しくはない。
問題はそんな女性がまだ童貞である俺にいたという事実にびっくりしている状態だが、どうやらみのりんはうちの両親のお眼鏡にかなったらしい。
「もー、あんた。こういう人がいるならちゃんと言いなさいよー!昔から、大事なことは言わないんだからー」
「ふははははは!」
俺はそんな笑い方をするしかなかった。
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