呪われてますの?
持っていた荷物をトランクにしまってもらい、俺は車の後部座席に乗り込むと、おじさんも運転席に乗り込んでタクシーが乗り場から通りに向かって走り出した。
「いやー、新井さんのマイプロのCMよく見ますよ」
「あら、そうですか。それはありがたい」
「うちの高校生の息子がよくマイプロやってまして、対戦をせがまれましてね。なんでもポイントが貯まるからって。
ゲームはあまりやらないんですぐ負けるんですけど、スマホなんかいじっていたら、よくマイプロのバナーが出て来たりしますからね」
「ええ、マイプロの広告代理がだいぶ気合い入ってバンバン宣伝してるみたいなんですよ。スマホのゲームは、調子いい時にどんどんアピールしておく方がいいみたいですから」
「やっぱりあれですか? こんなことを聞いたら失礼かもしれませんが、結構ギャラみたいなものは貰えるんですか?」
「そうですね。最初の時は、海外旅行に行けるくらいでしたけど、アプリの売り上げが増えた時に、今年分の契約したんで、多少は……。まあ、野球がいつダメになるか分からないんで、退職金みたいなつもりで貯金しますよ」
「新井さんは偉いですねえ。そういうところもしっかりしていると、やっぱり息が長い選手になると思いますよ。あと10回はオールスターに出てもらって……。また球場まで送らせて下さい」
「あはは!がんばります!」
駅を出てしばらく。そんな会話をしながら、もう少しで水道橋ドームが見えるかなあといった時だった。
目の前の大きな交差点の信号は赤で軽く渋滞が出来ており、その最後尾にタクシーが2車線の左側に優しくすーっと停まる。
まるで大魔導師が一世一代の大爆発の魔法を唱える時のような。
エクスプロージョンとかなんちゃらファイア的な、お好きなやつで想像して頂ければという感じですが。まあ、そんなやつを発動させた刹那。
周りの空気が一瞬しぼむようなそんな感覚に襲われた俺が後ろを振り返ろうとした時………。
ドガッシャーン!!!
後ろからのものすごい衝撃と音、そしてすぐにきた痛み。
停まっていたタクシーがその衝撃で前に弾き出され、前方の車に衝突するほどのインパクト。
のほほんとタクシーに乗っていたところから、一気に非日常に突き落とされた気分。
気付くと周りはシンと静まったところから、ポニテちゃんのアレを遥かに凌駕する白い膨らみに、俺は囲まれていた。
身動きが取れない。何かのアラームが鳴っているのか、ピーピーという電子音が微かに聞こえる。
そして………。
「…………うう〜……」
タクシードライバーのおじさんのうめき声が聞こえ、我に返った俺は自分の身に起きた状況をなんとなく理解した。
車の外がまあまあの大騒ぎになっているのは分かったが、キョロキョロしてそれを伺う余裕もない。
俺はエアがバッグされた状態の中。もはや浮遊しているかのような感覚の中で……。
「おじさん、生きてるかい?」
俺と同じように、エアなバッグにぱふぱふされているタクシーのドライバーおじさんにそう訊ねることしか出来なかった。
「………え、ええ。なんとか……」
おじさんがそう答え、俺は少しほっとしながら少し目を閉じるようにして、何かことが起きるのを待っていた。
それから少し経つと、近くのラーメン屋の店主やら、蕎麦屋の店主やら、寿司屋の店主やら、クリーニング屋さんやら、大工さんやら、ドラッグストアの店長やら、近隣の人間がわさわさと現れ出した。
「おい、兄ちゃん!大丈夫か!? 今、出してやるぞ!!」
どうやら俺とタクシードライバーおじさんの救出作戦が開始されたようで、ドアを全開に開き、座席をずらし、エアバッグの空気を抜く。
誰かの、ムチウチになってるから、首を固定しろと声が飛び、俺の首にちょっとクサイバスタオルがガッチリと巻かれたりした。
そして、どうせこのタクシーは廃車だと、シートベルトが真ん中でちょん切られ、俺は数人に抱えられるようにしながらタクシーから外に出された。
タクシードライバーおじさんも同じ。
路上に並べて寝かせられると、すぐに救急車のサイレンが辺りに鳴り響いた。
白い服の男達が現れ、俺をストレッチャーに乗せ、救急車の中へ。
そして少ししてから救急車が走り出し、こうして人は知らず知らずの間にサイボーグにされるんだ。
俺はそう思った。
でもちょっと小腹が空いたから、まだ人間である内に、ドライブスルーにでも寄ってくれないかなとか考えているうちに、迅速に病院へ着いてしまったようだった。
病院に着いてからもしばらくはストレッチャーに乗せられたまま、検診的なことが行われ、核磁気共鳴画像法。
いわゆるMRI検査。俗に言う輪切りの検査機にぶちこまれ、4割打者の生体が明らかにされてしまったのだった。
幸い、中身はどうか知らんが、頭や脳波には異常はなく、それでも中度の首の痛みがあるので、経後観察を含めておおむね1週間の入院が必要と診断され、病室に移されてお着替えさせられた。
そのままとりあえず数時間待機する格好。
うわあ。1週間かあ。後半戦の最初の6試合は少なくとも出場出来ないなとそんな感想。
それより、今日オールスター戦だったじゃん。どうするの、これ。
ていうか、1週間禁欲生活ですか? 昨日抜いとけばよかったんだよと、せめてさっき駅で買った梅味のグミを食わせてくれと、だんだんと悲しみが押し寄せてきてしまった時だった。
「新井くん、大丈夫!?」
病室にみのりんが飛び込んできたのだ。
そう愛しの
「みのりん!来てくれたの!?あいたたた……」
「大丈夫……大丈夫なんだね………時くんが交通事故に会ったって聞いたら、居ても立ってもいられなくて……」
「心配かけてごめんよ。ちょっと首痛めたくらいで1週間も休めばよくなるらしいよ。幸い軽症さ」
「そうなんだ………。本当によかった………。それじゃあ、とりあえず、適当に東京のラーメン食べてくるね。荻窪までの行き方はと……」
「おい」
「じょーだん」
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