ふーんって。
佐鳥コーチ、そして方巻戦略コーチの2人が手持ちのホワイトボードにいる選手の名前を書きながら頭を悩ませている。
先発ピッチャーの小野里君。1軍経験は少ないがキャッチャーの北野君がいて、共にセカンド、ショートが出来る守谷君と浜出君。そして大学時代はセンターだったロマーノがいるから、なんとかセンターラインは大丈夫。
それが不幸中の幸い。問題はサードとファースト。
そこを守れる選手がいない。
それなのに、佐鳥さんと戦略コーチは俺をそのままレフトに置こうとしていたので、俺は意義申し立て。
「俺がサードやりましょうか」
そう言った瞬間、佐鳥コーチは大きいお腹のくせして、疑いの目を俺に向けた。
「え? 新井、サード出来んの? 強い打球が来たら、ひゃ〜! とか言って逃げそうじゃん」
「ひどい。そんな風に思われていたなんて!」
「まあ、それは冗談だけど、サードは難しいぞ。急造でなかなか出来るポジションじゃないんだよ。そこが穴だと狙いやすいしな。それなら浜出をサードに持ってきて………」
「ご心配なく。こう見えても社会人野球時代はしこたまサードで守備練習やってましたから」
「そうなの? お前浜元々パチンコ屋の店員じゃなかったっけ?何年前の話だよ」
「パチ屋の前の話ですよ。ちょうど10年前のくらいの頃ですが………」
「ふーん」
「まあでも、背に腹は変えられんてやつか。じゃあそこまで言うなら、サードは新井にやってもらおう。あとは、ファーストか……」
そんな大きいお腹で背に腹はとか、なんてギャグかしらと思っていたら、ファーストとコーチ2人が口にした瞬間に、隣にいたロンパオ。これまたお腹仲間がハイハイ! と手を挙げた。
「オレ、ファーストデキル!!」
「ほんとかよ」
「ホントヨ、アラサン。シェパノファーストミットモッテクル!」
そう言ってロンパオはベンチ裏に行ってしまった。
その様子を見ていたコーチ2人。納得したのかお前はセットアッパーだろうと説得するのが面倒に感じたのか、ファーストのポジションに李とマジックで書き足した。
「よし。後は外野手だな。露摩野がセンターに入ってレフトとは…………」
「じゃあ、俺はレフトやりますよ」
そう言ったのは連城君。既にスパイクに履き替え、グラブも左手にはめて、やる気満々といった様子。
「それじゃあ、俺がライトってことっすね」
少し仕方なしといった感じで碧山君も野手として試合に出場するのを承諾した雰囲気になった。
「そうか。2人ともありがとな。ピッチャーは3人いるから、小野里に6回くらいまで投げてもらえれば、とりあえず9回まではなんとかなるか。後は打順だな」
うちは先攻。つまりは延長になったりせずにら普通に負けるなら、守備は8イニング分の計算で済みますよとは、さすがに口にはしなかった俺であった。
とりあえずポジションは決まったので、佐鳥コーチが打順を決めながら、ビクトリーズナインはシートノックへとお出かけしていった。
そうこうする時間には、既にこの藤崎ヶ岡野球場は開門されており、観客達が続々と入場して試合開始前の雰囲気をそわそわとしながら楽しんでいる。
しかしそれと同じくして、キャパはあるとはいえ地方の野球場ですから、救急車が何台も何台も行き来していると、多くの人がそれに気付く。
しかもその救急車に、ゲボまみれになっている奴もいるビクトリーズの選手が乗せられていくのを目撃したファンがツイートしたりなんかして。
ビクトリーズに何かトラブルがあったと、既にスタンド内にも噂が広まっている状況に感じ取れた。
それに加えて、シートノックに出てきたビクトリーズの選手があまりにも少ない。
熊本のファンも大好きな阿久津さんがいないし、同じくベテラン鶴石さんもいないし、阿久津さんのグラブを着けた奴がサードにいるし、よく見たらピッチャーが2人外野にいるし、ファーストには中継ぎピッチャーの台湾人が陣取っている。
3塁側とレフト後方に陣取ったビクトリーズサイドのファン達も、一体何が起きたんだと、その場で立ち尽くしている様子だった。
「ヘイ! サード、サードォ!!」
そんなざわざわした雰囲気の中、今日はサードを守る俺の声が反響して球場に響く。
岩田コーチがノックバットで打ったゴロが俺の正面へ。
そんな中、両チームのスタメンが発表され始めた。
「先行の北関東ビクトリーズ。1番、セカンド、守谷。………2番、ショート、浜出」
ずいぶんとエコーを効かせたウグイス嬢に名前を読み上げられ、オレンジ色の電光掲示板に、守谷、浜出と横に並ぶ。
ん? 柴崎じゃないの? 2番新井じゃないの?
と思いつつも、今日はそういう1、2番かとちょっとだけざわざわ。
「3番、センター、露摩野」
3番ロマーノ? まあ、バッティングが売りのルーキーをクリンナップに抜擢するなんて、最下位のチームなんかにはよくあることだからと、ここまでは許容範囲だが………。
「4番、サード、新井」
こうなった瞬間に、ファン達の中に確信めいたものが存在することになった。
これは普通じゃないことがビクトリーズに起きたんだなと。
なるべく感覚を養っておきたいシートノックもあっという間に終わり。さすがはピッチャーの2人。レフトの連城君、ライトの碧山君がすんごいバックホームが返っきて、内野手も最後ノーミスでバックホームする。
1発できれいに上がった岩田コーチのキャッチャーフライを北野君ががっしりと掴んでビクトリーズのシートノックは終わりを告げた。
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