き、きたねえですわ!
こっちは朝にちゃんとお出汁の効いた、あったかい味噌汁が飲みたいじゃ! メニュー的にも、粉末のコーンスープなんて合わんじゃろがい!
と、文句の1つでも言いたくなったのだが、なくなってしまったものは仕方ないし、今回はビジター側の地方遠征ですから、福岡からの移動費とホテル代などはハードバンクスさん持ちなんですよ。
だからそんな大きなことは言えないし、自分ら以外にも一般のお客さん達もいますから、俺は紙コップに注がれたそれを持ってチームメイト達が集まるテーブルに向かっていった。
「おはようございまーす!今日もいいお天気ですなあ」
阿久津さんや鶴石さん、他年下の選手達も集まっている中に入る俺。
年上の方々は俺を見てういーすと、年下の連中はおはよっすと挨拶を返してくるが、どの顔もみなお疲れの様子。
全体的なテンションは低めだった。
みんなして眠たそうな顔して、カチャカチャクチャクチャと音がしているだけなので、とりあえず味噌汁なくなってた話を展開していくことにした。
「いやー、目の前で味噌汁がなくなっちゃって、紙コップにお湯注がれちゃったよ。そんなことあります? せっかくの朝飯なのに。こっちはワカメの味噌汁をドゥルドゥル言わせながら飲みたいのにさあ。
しかもちょっとお湯入れすぎなんよ。粉末のコーンスープはもっと濃いめで飲みたいのよ、濃いめでさあ……」
などと、焼き鮭の骨を外しながら文句をタラタラ抜かしておりましたら、隣に座っていたキャッチャーの北野君がむっくりとこちらを向いた。
「新井さん、俺の味噌汁と交換しましょうか?」
北野君は190センチの立派な身長。それを形成する大きな背中を丸めながら、目を擦る。
「え? いいの、北野君」
「はい。まだ手をつけてませんし、どっちかと言うと、コーンスープの方がよかったんで」
そう言って北野君はさらに背中を丸めるようにしながら、ワカメの味噌汁が入ったお椀を俺の方に寄せ、俺が差し出したコーンスープが入った紙コップを受け取った。
北野君は、名古屋遠征から1軍に帯同しているが、まだ出場は大差勝ちした一昨日にちょっと守りについただけ。しかし今日はビジター6連戦の最後。鶴石さんはずっと出ずっぱりだから、もしかしたらスタメンとかもあるかもしれないぞ。俺に味噌汁をくれたし。
俺はそんな風に考えながら、ワカメの味噌汁をズビズビ。
さらに遅れてやってきた選手達と話をしながら、納豆とご飯のおかわりをしつつ、さっさと朝飯を済ませた。
ホテルからバスで20分ほどの場所にある、藤崎ヶ岡県営野球場に到着した。
思っていたよりもきれいで大きな人工芝の野球場。1960年建設されて歴史もある。観客動員数24000人と熊本で1番キャパのあるスタジアムとのことだ。
近くには熊本場公園もある。
ビクトリーズの面々を乗せたバスが3塁側の出入り口に向かう道路を徐行していると、ビクトリーズのユニフォームを着たファン達がこちらに向かって手を振っている。
宇都宮から熊本なんてめちゃ遠いですよ。恐らくは一昨日からの福岡での試合から参戦してくれているファン達が選手よりも早く球場に来て出迎えてくれるわけですからこんなにありがたいことはないですよ。
そこにいるのは僅か20人程かもしれませんけど、こちらも手を振り返すだけというわけにはいきませんわな。
バスが少し旋回するように出入り口にバスの降り口を寄せるように停車。俺は1番にバスから飛び降り、まるで山賊のように自慢のピンクバットを肩に担いでそのファン達の元に向かう。
遠目で静かに見守るようにしているファン達に近付くと、その中の誰かが俺を見て………。
「うわ、出た!!」
という感じで面白半分に声を上げた。
俺はそれを聞いてすかさず………。
「おい、誰だ! 今なんか言ったやつ!!」
と、声を荒げる。
新井さんがこっち来てるじゃんとドキドキワクワクしていたファン達の空気と顔が一瞬にしてピシッと強張った。
俺はさらに追い討ちをかけるように……。
「おい、誰だって言ってんだよ、出てこんかい!だいたい検討ついてんねんぞ!あ!?」
という言うと、黒縁のメガネを掛けた俺と同じくらいの年齢の男性が恐る恐る集団の中から出てきた。
俺はそいつの胸ぐらを掴むような勢いで詰め寄り………。
「君か、なんか言ったのは」
と訊ねる。
「は、はい。すみません」
と答える男性。
「よっしゃ。1番最初にサインしたろ」
と笑いながら言うと、周りのファン達から大爆笑が起きた。
「じゃあ、順番ねー。申し訳ないけど、今日はあんまり時間ないから1人1回ねー」
球場入りする前に、熱心に早出して下さっているビクトリーズファンの方々に即席のサイン会を行った。
おケツのポケットに忍ばせていた油性ペンを取り出し、1番最初の男性が持っていた色紙にサインをし次の人へ。
流石は熊本まで遠征してきているファン達、こういう時のためにの準備は万端。それぞれ色紙やサインボールや白地のTシャツなどを瞬時に取り出す。
列を作るのもスムーズで、騒ぎを聞き付けた追加のファン達数人を含めても、ものの7、8分で解散する運びとなった。
小走りで3塁ベンチ裏からの通用口からロッカールームに入り、すぐにユニフォームに着替えて道具の準備をする。
ベンチに入ると既にハードバンクスサイドの練習時間は終了しており、軽くグラウンド整備が行われていた。
3塁側のファウルグラウンドでウォーミングアップをし、キャッチボールを行う。
その後は外野で打球を追いかけたり、ベンチの前で素振りをしながらフリーバッティングの順番を待つ。
最後の順番にされた俺が気持ちよくバッティング練習を行い、解説者のおじさんやハードバンクスの選手何人かと軽くお話をして、ベンチ裏に引き上げたのだが、そこでは………。
「オエエエッ…………オエエエッ!」
「オエッ、オエッ…………ウオオォォエ……」
「ウエッ、ウエッ、…………おええぇ………」
うちの選手達が何人も、その場に這いつくばるようにして、オエオエしていたのだ。
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