盛り上がってきましたわ!

「新井にはデッドボールという形になりました。キャッチャーの構えは膝元だったんですが、ストレートが抜けてしまいました、ピッチャーの原田」



「今日の原田はインコースに、特に右バッターのインコースに投げきれていないですよね。初回の失点も、並木のヒットも、ほとんどしっかり踏み込まれてアウトコースのボールを打ち返されていますから、バッテリーとしてはインコースを攻めていきたいところだったんですよね」




「なるほど。……そのインコースを狙ったボールがコントロールミスになりました。1アウト1、2塁となりまして、打席には阿久津が入ります。



1打席目はライトへの先制点となるツーベースヒットを放ちました阿久津。ここも得点圏にランナーを置いての打席となりました。セットポジションから原田。……第1球投げました。低め変化球外れました、1ボール」




俺と同じように初球からインコースを見せてくるかと思いきや、スライダーを低めに狙ってきた。



デッドボールの後ですし、阿久津さんも初球を強振する雰囲気だったが、低めに外れたボールに、出かかったバットを止めて見送った。





そして2球目。



キャッチャーの構えはまた低め。



ピッチャーが投げる。




キャッチャーが飛び付くような格好になりながら阿久津さんの方に慌ててミットを伸ばした。



阿久津さんもそのボールを避けなかった。




俺と同じように体を捻るだけ。



ドゴッ!





阿久津さんの腰辺りに投球が直撃する。



2者連続の同じような速いボールが抜けてのデッドボール。


しかも阿久津さんにも、スタジアム内はなんとも言えないが、とりあえずこれはまずいという雰囲気の中、気づいたら俺はピッチャーマウンドに向かっていた。



「おい! さっきからどこ投げてんだよ! 帽子くらい取れよ!!」




俺はそう言いながら2塁ベースには向かわずにピッチャーに向かって真っ直ぐいくと、ハードバンクスの内野手達も集まってくる。




その中でファーストを守っているハードバンクスの4番、3月には日本代表で顔を合わせていた川口さんが俺の体に後ろから腕を回すようにして止めてきた。



「新井、落ち着け。あいつ今日調子悪いんだ。わざとじゃないんだ、すまんな」



「川口さん、2連続はダメでしょ! 阿久津さんですよ、阿久津さん! 黙ってらんないっすよ! おい、原田! 帽子取れよ!」




この原田というピッチャーが俺より年上なのか年下なのか分からないが、俺はちょっと不貞腐れたような顔を続けながら、ようやく帽子のつばに手を当てた相手ピッチャーに怒鳴り続けた。




その間にも、俺とピッチャーの間にキャッチャーや他の内野手も割り込んできて、気付いたら俺はハードバンクスの選手達に取り囲まれていた。




もうピッチャーの姿は見えない。



そこで俺はふと少し冷静になった。







「両チームとも、ベンチから選手、コーチが出て参りまして、少し険悪なムードになっています。原田が2者連続のデッドボールを与えるということになりました」



「ビクトリーズとしては、新井と阿久津ですからね。2人ともチームの中心で替えが効かない選手ですから、ビクトリーズ側としてはちょっと怒りますよね」



「ええ。1塁ランナーの新井。そして、3塁側は佐鳥打撃コーチでしょうか。ちょっと怒りを露にしていましたが、今は宥められています」




「佐鳥コーチは太りましたね。現役時代はスリムで足の速い選手だったんですが、何度も首位打者を取っていましたからね」




「ええ。その佐鳥コーチは今年からビクトリーズの1軍打撃コーチに就任しています。とりあえず、乱闘にはなりませんでした。両チームともダッグアウトに引き上げていきます」




なかなか最近は両チームによる取っ組み合いの大乱戦というのは見なくなったから、ここらがやりどころかと思っていたんだけど、これも時代ですかねえ。



みんな立ち振舞いや考え方がスマートになってきていますから、ゴリゴリの大乱闘を起こすのはそれはそれで難しい。



相手からすれば俺がどこ投げとんねん! って怒ってるわけだから………。



何や、お前!2年目やろ!生意気やぞ!と言ってきてくれてもいいのに。




まあまあまあと、宥められてるだけてしたよ。




「さあ、試合再開です。1アウト満塁となりまして、バッターボックスには4番の赤月です。1打席目は犠牲フライを放っています。最近は打撃好調。いい働きを続けている赤月ですが……。


打ちました! いい当たりですが、ショートが追い付く! 捕って、捕って……2塁へ! あーっ!! 送球が逸れました!!


ボールはライトに転がる! 2塁ランナーの新井が3塁へ向かいます!!ボールがバックホームされる!! タッチは………セーフ! ボールがこぼれました!!」




3塁コーチャーおじさんの指示でスピードを緩めぬまま3塁ベースを蹴ってホーム突入。ショートの送球がどっかいってしまったのだろうか。


ライト方面から返ってきたボールをキャッチャーが掬い上げるようにキャッチしたが、俺にタッチしようとしたミットからボールが飛び出しセーフ。




その飛び出したボールがスライディングした俺のおケツの下に入り込み、キャッチャーがボール見失っている。



デッドボールもらったお礼もありますから、一緒になってボールを探してキョロキョロ。




すると背後からドンと押されまして、俺はうわあ! と地面にひっくり返り、産卵したボールを奪われてしまった。




そしてそのボールが今度はレフトへの大暴投となった。


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