あら? わりといけそうな雰囲気ありますわね

福岡ファンのすごい歓声というか、歓迎といいますか。ちょっとしたお帰りなさい感が物凄くて、打席に入ろうとした阿久津さんがちょっと躊躇した感じ。



それを見た俺はキャプテンが打席に集中出来ないのはまずいと思い、さりげなくスパイクの紐を引っ張ってちょうちょ結びを外し、1塁の審判おじさんにタイムを要求した。



おじさんが少しインフィールドに入りながら両手を大きく広げる。




球審のおじさんもマスクを外しながら同じく両手を広げた。



阿久津さんの打席を外し、集中し直すようにヘルメットを外し、少しどうしようかと考えた後に、その場で2回スタンドに向かってお辞儀をした。





それを見た福岡ファンがまた盛り上がる。





「阿久津の打席というところでしたが、観客の皆さんの盛り上がりが凄くと、タイムが掛けられました。ちょっと珍しいシーンになりました」




「まあ、2年前まで福岡ハードバンクスの優勝の中心にいた選手ですからね。阿久津がいたからこそこうして今の強い福岡ハードバンクスがあるわけですから、ファンの方々も阿久津の姿を見たら、込み上げるものがありますよ。しかし、こういう状況になった時に、すかさずタイムを取る新井はよく分かってますね」




「落ち着きが取り戻されたようですので、試合が再開されます。ノーアウトランナー1、2塁です。ピッチャー、セットポジションから第1球投げました! おっと! インコース! 少し危ない球でした!阿久津が後退りするように慌てて避けます!!」





福岡ハードバンクスのバッテリー。半ば追い出されるようにして退団していった常勝チームを作り上げた功労者に対する初球はビーンボールだった。



それを見た俺は少しニンマリ。




プロ野球はこうではないと。




これが初球に変化球だとか、アウトコースから入るようなキャッチャーの配球ならば、今西日本リーグの首位にはいないだろう。



どんな形であれ、チームを離れ敵となれば、甘っちょろい配球はしない。むしろ手加減はしませんよという挨拶代わりのインハイ攻め。




打席に入るのを躊躇うくらいにちょっと感極まった感じのあった阿久津の表情もピリッと引き締まる。




さっきまで、阿久津さん、お帰りなさい! またいつかハードバンクスに帰ってきて下さい! みたいな雰囲気だったファンも、今のインハイ攻めにナイスピッチングと拍手を送っている。



強いチームはファンも強かというか、野球のやり方を分かっている辺りが憎いところではありますね。




東日本リーグのビリっケツである我々に対しても、好きにはやらせませんよというメッセージのように感じられる。




2球目。



今度は一転してアウトコース低めのストレート。阿久津さんもそのボールを読んでいた。思い切り踏み込んで、コースに逆らわずに流し打ち。




打球がライトポールに向かって高く上がった。







高く上がりながらも、しっかり芯で捉えた打球はスタンドに向かって伸びていく。



しかし、それを追いかけるライトの選手が打球にタイミングを合わせながら歩を進めつつ、フェンスとの距離感を確認。



スタンドに入るのか、フェンスダイレクトか。ジャンプして捕れるファインプレーチャンスなのか、そんなことをしなくても楽勝で捕れるやつなのか、みのりんにガバッといっていいやつなのか、俺は迷った。



判断が難しい。




俺は1、2塁間の真ん中でどっちにいこうかとうろうろしていた。





「ライトの下林がバックして、上空見上げている! フェンス際ジャンプ! ………捕れません、捕れません! 打球がインフィールドに落ちました! ハーフウェーで構えていた新井は2塁を蹴って3塁へ向かう!柴崎もあっという間にホームへ向かっている!


あっと!? ライトの下林が打球を見失っている! 今、見つけてボールを拾う!3塁コーチャーの手が回る! 新井が3塁を蹴る! ホームに突っ込む! ボールは中継のセカンドからバックホームされます!



新井がヘッドスライディング!送球はワンバウンドになりました! タッチ出来ません!!ホームイーン! 2人目も返ってきました!ビクトリーズ2点を先制です!打った阿久津も3塁に行きました!!」





「新井さん、ナイスラン!ではなさそうっすね!」



「ごめん、ごめん!」



「柴!新井さん!ナイス繋ぎ!やるねえ!」




「よっしゃああっ! 赤ちゃん、俺はイケメンかい!?」



「イケメン、イケメン! みのりんさんも大喜びっすよ!」




「よっしゃああっ!!」






西日本リーグ首位を走る福岡ハードバンクス相手に、ビクトリーズは阿久津さんのタイムリーで幸先よく先制点を挙げた。



しかも、打った阿久津さんが3塁まで行けたのがデカイ。



古巣相手によもやの先制打に、どよめきと歓声のドーム内。


バッターボックスには赤ちゃん。初球のストレートを空振りした後の2球目。キャッチャーの構えは低めだったが、投球はアウトコース高め。しかも変化球の投げ損ない。



それに対して赤ちゃんはミートに徹するような逆方向へのバッティング。打球はレフト線に向かって飛び、スライスいていく打球をレフトがなんとかランニングキャッチ。


そこそこ飛距離の出たバッティングに、阿久津さんがタッチアップのスタートを切る。




捕球体勢の悪いレフトからボールはホームに返ってくるに至らず、3点目も獲得した。





「4番赤月はレフトへの犠牲フライでした。阿久津がホームインしまして、ビクトリーズは追加点です。キャッチャーの構えとは少し違ったでしょうか。ボールは高くいってしまいました」



「キャッチャーの構えは完全に低めでしたからね。犠牲フライを打たせたくない場面で、変化球の抜け球を高めに投げてしまうとね。


そりゃあ簡単に外野まで運ばれてしまいますよ。ホームランにならなくてよかったくらいのボールでしたからね」

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