占い館に新井さん
「そうそう。次の試合はいつあるんだい? 都合がつけばじいさんと一緒に応援に行こうと思ってねえ」
おばあさんは、杖をつきながら座席に座った体勢のまま高い集中力を発揮してこちらを見ている。
まるでネクストのわっかで臨戦体勢になっている野球選手の如く。
「今日は移動日という名のお休みでして、その後は3日間、ビクトリーズスタジアムで試合がありまして、木曜日からは東京遠征とかそんな感じなのよ」
「あら、そう。忙しいんだねえ」
「そうだ。おばあちゃんはケータイは何持ってるの? スマホだったら、簡単にいつ何時からどこで試合があるのかすぐに分かるのよ」
そう訊ねて見ると、おばあちゃんはちと待ってなと言って小豆色のお召し物をまさぐる。
「最近、新しいのに換えてもらったんだよ」
そう言って出してきたのは、春に出たばかりな最新機種のスマートフォン。しかも、俺が持っている機種シリーズのやつ。
う、羨ましい。
俺はここにきて50は年上のおばあに劣等感を抱きつつも、そのおばあの隣の座席に座り込んだ。
「めっちゃ使いやすい、プロ野球の速報アプリがあるのよ」
「あら、そうなの」
「プロ野球が言ってるんだから間違いないよ。ちょっとスマホ貸してみ」
俺はおばあからスマホを奪い取り、ポチポチと操作し始めた。
「はい、おばあちゃま。アプリのインストールが終わりましたよ」
「………え? 何だって?」
「インストール。このスマホでプロ野球の情報を見れるようになりましたってこと。ほら、試しにやってみ」
おばあは返されたスマホを受け取り、少し顔から遠ざけるようにしながら画面に目を凝らす。
「………えー………これかな? 野球のボールの形した………」
「おっ、さすが! そのマークを触ると、アプリが立ち上がりまして、最初にお気に入り球団を選ぶところに行くから………」
「なるほどねえ。あなたの………お気に入りチームを選んでと…………えーと…………東京スカイスター…………」
「北関東ビクトリーズちゃうんかい!!」
「アッハッハッハッ!」
おばあ、めっちゃウケてるやん。なに自然な流れでボケてくれてんねん。
「するとほら、カレンダーみたいになって、ビクトリーズのマークがあるでしょ。その日が試合がありますよって意味で………」
「ほうほう」
「さらにその日付をタッチすると、ババンと大きくなりまして。どこの球場で何時から試合が始まるかすぐに分かるわけ」
「あらー。これは分かりやすくていいねえ」
そんな感じで宇都宮駅に着くまでの間、おばあにプロ野球速報アプリについてレクチャーしてあげた俺。
あとこのおばあが50若ければ攻略対象だったのだろうけど。
さすがにボールが高すぎてバットが届かないですわね。
「色々教えてくれてありがとうね」
「いえいえ。ぜひおじいさまと一緒にスタジアムに遊びにきて下さいね」
「うん。じいさんの腰の調子がよかったら応援に行くよ」
宇都宮駅前のバス乗り場。その乗り場の3番目のところで、俺はおばあちゃんのしわしわな手を優しく取りながらバスをゆっくりと下車し、そこで別れた。
俺は駅の反対側に用があるので、ロータリーから階段を上がっていき、おばあはビクトリーズスタジアム方面に向かってゆっくりと歩き出した。
なかなかエネルギーに満ち溢れたおばあだったな。
俺はでっかい欠伸をしながら宇都宮駅の構内を歩き、そのまま反対側へ。
みのりんの証言を頼りに、占いの館を探した。
すぐに見つかった。すぐ目の前。自転車置き場の横にある雑居ビルの2階。暗いカーテンがかかっている窓に、占います。と書かれているのを発見した。
俺は早速その雑居ビルに足を踏み入れた。
きれいに掃き掃除された形跡のあるコンクリートの階段を上っていく。そして2階のフロアに入るドアの前に到着したのだが、足元に何かの紙のようなものが落ちていた。
それはそれを拾い上げながら、占いの館へと足を踏み入れた。
ナメられちゃいかん。占い師が相手とはいえ、主導権を握らせるわけにはいかないと、俺はとりあえず声を張った。
「たのもー!!!」
そう叫んだ瞬間、部屋の奥にある暗幕が動き、そこから人が現れた。
「ようこそ、占いの館へ。迷える子羊よ。まずはその祭壇に占い前の祈りを捧げなさい」
祭壇に祈り?
そう言われて見渡したそこにはおもちゃのろうそくが何本も立てられていて、ネイティブ柄の布が掛けられている祭壇。もとい、簡素な券売機が設置されていた。
30分2000円。
1000円札のみ受付出来ます。両替をご希望の方はお気軽にお声掛け下さいと、丁寧に書かれている。
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