19話 お茶漬け勇者の箸と匙

「よく来たな。箸の勇者」


 立ち上がるのは、長身の男。シミ一つ無い清潔なコックコートがひるがえり、頭にそびえるコック帽が揺れる。折り目正しく堂々とした態度は、彼が一流の料理人であることを暗に語っていた。


「あぁ。決着の時だ、匙の勇者」


 対するは、屈強な体つきをした男。老舗の割烹かっぽうを長年守ってきた板前姿は、只者ではない雰囲気を醸し出している。食材を見抜くその鋭い眼光が、目の前の男を捉えた。


「俺の考えは変わらん! お茶漬けにはスプーンだ」

「何を言う! お茶漬けは箸で食べると決まっている」


 得物を手に、二人は距離を詰める。


 コックの『栄光の匙』。

 板前の『伝説の箸』。


 お茶漬けから引き抜いた二つの武器、お茶漬けに選ばれた二人の勇者――料理人としても勇者としても、負けるわけにはいかない。


 戦場に米が舞い、茶の嵐が吹き荒れる。


 お茶漬け勇者たちの魂を懸けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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