9話 パンの風吹く試練

 『大人のパン食い競争』は、ついに決勝戦を迎えた。


 優勝賞品は、商店街のパン屋で使える商品券1万円分と温泉旅行券、そして……家庭内での名誉だ。


 欲しい。


 父親としては、特に、三つめが。


 大丈夫だ。パンの早食いには自信がある。学生の頃の、遅刻しそうになった時の気持ちを思い出せ――!


「「パパ!頑張ってー!」」


 おっと、愛妻と愛娘からの黄色い声援だ。


 これは素直に嬉しい。


 ……まあ、彼女たちが本当に求めているものは父親のカッコいい姿ではなく、賞品のほうかもしれないが……いやいや、悲しい想像はやめよう。


 父の威厳を守るため、どちらにせよ負けは許されない。お隣の鈴木家のイケメン旦那には、絶対に負けられないのだ。


(勝つのは、この佐藤家だ……!)


 風が強く吹く――運動場に、香ばしい匂いが吹き抜ける。


 コース上のあんぱんを睨みつける俺の瞳は、パンの焼成温度よりも更に熱く、燃え上がっていた。

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