愛犬


里子は田舎から上京して以来

ずっと一緒に暮らしている

愛犬のマリーを溺愛していた。


チワワのマリーと暮らし始めてから

早くも3年が経つが

週末の散歩は欠かした事がない。

週末の散歩がよっぽど嬉しいのか

散歩中に里子が持つリードを

小型犬とは思えない力で

無理矢理引き離そうとする勢いで

走る時がある。


マリーの難点といえばこのくらいのもので

他の事はすこぶる良い犬だ。

おすわりもすぐ覚えれば

里子のしつけた事は必ず覚え

お留守番も賢くしてくれる。


里子は小さな時に実家で犬を

飼っていたがその犬は

病気をしてすぐに亡くなってしまった。

その経験からも里子は

マリーは病気にはさせまいと

人一倍、マリーの体調管理には気をつけた。


餌も贅沢な物に比べれば

美味しいかは分からないが

栄養重視の物にし、

狂犬病ワクチンに関しても

義務通り確実に1年毎に摂取させにいくし

少しでも体調が悪そうに見えると

近所の動物病院に連れていった。


獣医にも心配性なお母さんですね

と笑って言われる程だが

里子にしてみれば

マリーの健康を思うと

当たり前の行動なのだ。


里子は他にもマリーの身だしなみにも

こだわりがあり

毛のバランスが悪くなったと思うと

週末の散歩のついでに

トリミングに連れていった。


トリミングが終わるたびにマリーが

里子に向かって満足そうに

吠えてくれるのが

里子には堪らなく嬉しかった。

言葉は分からないが

里子はマリーがなんと言っているかは

基本的には分かると自負している。


先週からマリーの毛のバランスが

気になっていた里子は

トリミングに連れていった帰りに

散歩を開始した。

今日も相変わらずの馬鹿力で

リードを引っ張って

里子を振り回す。

マリーが疲れて落ち着きを取り戻した所で

ゆっくりとした散歩が開始する。


いつもは近所の土手沿いを散歩コースにしているが

トリミングの帰りは適当なコースを歩いて帰る。

今日、里子が選んだ散歩コースは

実に気持ちの良い空気を含んだ

天野あまの神社があるコースだった。


里子は普段喫茶店で働いているのだが

常連から妙な噂を聞いた事があった。

都内から少し離れた場所にある

天野神社に願いを叶えてくれる

神様がいると。

まゆつばものだと話半分で聞いていたが

いざこの神社を前にしてみると

中々雰囲気のある神社だ。


マリーと一緒に鳥居をくぐった里子は

マリーの健康祈願を兼ねて

お参りを始めた。

するとこの世のものとは思えない

何かが里子の前に現れた。


里子は言葉も出ず口をポカンと開け

マリーもその何かに向かって吠えていた。

すると、その何かが

「願いを一つ叶えてやろう」

と言葉を発した。


里子はこれは現実かと頭が回っていなかったが

そこで常連から聞いた話を思い出した。

これが噂の神様か

だが本当にいるのか

あんな噂が現実だったのか

と考えている内に

神様がもう一度

「願いを一つ叶えてやろう」

と言葉を発した。


勝手に急がねばと思った里子は

願い事を考えた

1番はやはり愛犬マリーの健康祈願だった。

だがもう一つの候補が

里子の思考を埋め尽くした。

その候補の願い事は

頭を埋め尽くすと同時に口から漏れていた


「マリーと会話が出来るようになりたい」


この言葉を半ば無意識なまま発すると

神様はスッと何処かへ消えていった。


ふと里子は我にかえり

今起こった事を頭の中で整理していると

どこかから声がした


『はやく走り回りたいよー』


バッと里子は周りを振り返るが

周りに誰もいなく

愛犬のマリーしかいない。


ここで里子は気付く。

まさかマリーなの!

今のマリーが言ったの!?


里子は涙目になりながら

両膝を地面につけマリーへと

顔を近づけた。


願いが叶った!

これからはずっと

お喋りしようねと

マリーを持ち上げ


「大好きだよ」


と泣きながら抱きしめた。



『私は大嫌いだよ』





人間は本気で叶えたい事ほど

自分ではなく神様に頼ってしまうのは

何故なのだろう。



ーーー完結ーーー



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神様の奇妙な話 相田将 @cocoamei

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