共通試験を受ける人が切り付けられた事件について
島尾
わざわざ名古屋からやってきた無意味さ
東京大学で、共通試験の日に事件が起きた。名古屋から来たメガネの高校生が、受験生二人と関係者一人を切り付けたのだ。受験生はさほどケガがなかったようだが、関係者のほうは容態が急変して病院に搬送された。
この常軌を逸した高校生は、医者を目指して東大を受験する予定だったという。しかし思うように成績が振るわず、イラついて、わざわざ名古屋から東大にやってきてしまったのだ。そして己の鬱憤を晴らすがごとく人に危害を加えた。
こいつは、普段から常軌を逸しているとは思えない。少なくとも名古屋から東京に行き、東大前駅まで辿り着く能力がある以上、普段は一般の高校生とさほど変わらない生活をしているだろう。
私は、こいつが問題集を解いているときにミスが連続し、イラついて凶行に及んだと推測する。あるいはE判定が突き付けられたために。要は、人生において特段重大でもないことを重大と捉え、過敏になり、自分の中の何かが制御不能に陥ったのだろう。
ここで提起できるのは、「入試に受からなければ人生が終わる」「医者になること、そしてそのために東大に受かること、これができない自分はゴミ」といったネガティブな考えが高校生の脳味噌を支配している現状があるということだ。「高偏差値主義者」を生み出すのは、決まって旧帝大や医学部を受験する人間に多い。
偏差値は、高ければ高いほど良い。努力量や地頭の良さに比例するものだろう。だから私たちは一辺倒に「高偏差値主義者」が生まれる現実を否定するだけではいけない。
現に私も、かつてはそのグループの中にいた。
高校生たちよ。重要なのは、「自分には時間がたったの3年間しかない」と考えないことだ。高校によっては、受験のテクニカルな部分を一切教えてくれないところもある。逆にテクニカルなことを叩き込みすぎて生徒がサイボーグになる高校もある。これは明らかに、全受験者にとって平等な条件とはいえない。
高校生たちよ。なぜ時間が3年間だと断定する? 浪人すればいい。例えば医学部なら、5浪して受かった人がいる。テレビでは8浪している人間もいる。たかが数年の差が、何になろうか? 現役で不合格だったから自分は劣等だと思っているのか? 違う。もとから平等ではないことが多すぎるゆえに、現役で不合格になることがあるのだ。だからといって悔しさ・焦燥が紛れることもないだろう。
入学試験に落ちたことは、ある意味人生の選択を迫られているとも言える。自分は旧帝大または医学部を目指し続けるのか……あるいは並みの大学で諦めるのか。この選択は、私は特段人生を決定づけるものとは思っていない。これは単なる見解であるので、どうでもいいことだ。重要なのは、高いものを求め続けるのか? という巨大な問に対し、イエスかノーのどちらかを選ばないといけないことだ。私には「イエスでなければならない」と思っていた時期がある。しかし、人生何が起こるか分からない。大学に受かった次の日に死亡することもあり得るし、大学生活で病気にかかることもあり得る。留年もあり得るし、大学生活において死亡する可能性さえある。
こういうことを書くと、昔の自分は爆笑して「んなわけない」と思ったに違いない。しかし今、私がなぜこの文章を書いているのか……それは私自身が身をもって体験したからだ。死亡しなかったことは幸いだったといえる。
私は、現在不幸だ。一方で私の弟は、とあるFラン大学を卒業して現在就職できている。幸福なのかどうか知らないが、少なくとも旧帝大に受かって後に精神的な病に侵されて留年している私よりは幸福だと信じている。
共通試験を受ける人が切り付けられた事件について 島尾 @shimaoshimao
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