第14話 ふくろのねずみ
広い邸内を歩き、長居する気がないのを伝えるとクリストハルトはすぐに彼女たちを、幾つかあるうち玄関からそう遠くない応接間へ通した。
近くを通りがかったメイドを呼び止め、いったんローズに振り返って「紅茶とコーヒーはどちらで?」と尋ねる。
「私はコーヒーだ。シャルル、お前は?」
「ボクは紅茶がいいかな」
「だ、そうだ。それで頼めるか」
クリストハルトはにこやかに頷く。メイドが深々と礼をしてから去っていき、三人は豪華な家具の揃った応接間に入る。
普通の生活ではまず触れる機会すらなさそうなものばかりで、慣れ親しんでいる彼らでなければ従者でもないかぎり目が眩むほどだろう。
「ささ、好きなところへ座ってください」
促されてローズは三人掛けの革張りのソファにどっかり腰かける。なぜかシャルルは密着するように彼女の隣に座った。鬱陶しそうな視線を向けられても気付いていない。あるいはなにも気にしていないのかもしれない。
「……えっと、その。お二方は仲がよろしいのですね」
「私は犬を飼っている気分だよ。よく懐いてる」
そういえば、とローズは手を叩いて言葉を続けた。
「実は尋ねたいことがあってね。昨晩、面白い話を聞いたんだが」
「はて。それはいったいどのような話を?」
興味を示すクリストハルトの表情は、ローズの次の言葉で一瞬硬直をみせる。
「近頃、よく町中にネズミが出るそうだ。住処も分からないもので駆除になかなか頭を悩ませているらしい。被害者もそれなりの数がいるんだとか」
「……その駆除に協力が出来ないかという話ですか?」
「いやいや、まさか。忙しいだろう、無理を頼みたいわけじゃない」
部屋に飲み物と菓子が運ばれてくる。奇妙な雰囲気にメイドはそそくさと部屋を出て行く。ローズは熱いコーヒーのなみなみと注がれたカップにやんわり口をつけてから、並んだ豊かな香りを放つ小さなクッキーを手に取った。
「実は私たちも運悪く、そのネズミに出くわしてね。ちょうどこれくらい美味そうなエサを見つけたところだったようだ。駆除を手伝ってやろうと思ったが、残念。いっぴきだけがどこかへ逃げ出してしまった。当然私は追い掛けた。……すると、だ」
熱々のコーヒーのなかに、彼女はクッキーを齧って指にあまったひとかけらを落とす。ぽちゃんとコーヒーがはねてテーブルが汚れた。
「汚い足跡を残して、どこかへ姿を消してしまった。だが居所を掴んだ。何が言いたいかなんて馬鹿でもないかぎりよく分かる話だ。お前はどう考える?」
にやつくローズのしたり顔に屈することなく、喜劇でも見たかのようにクリストハルトはくすくす笑って「さあ、見当も」と返した。しらを切ったと判断した彼女は思ったよりも強気な態度に向けて、ずぶりと刃物を突き刺すように言った。
「ネズミは中々に不衛生でよく臭う。お前が思っているよりな」
「何を仰りたいのか。はっきり申して頂きませんと」
鋭い視線。ローズを睨む彼の苛立ちが見て取れる。
「誰でも隠したいことはあるものだ、クリストハルト。別に、私も興味はあまりない話さ。友人が巻き込まれていなければの話だがね。たとえばお前が警備隊の上層部に金を握らせて黙殺しようとしても
魔法によるものか、彼女の瞳は紫色に光り輝く。途端、くっくっと笑いだす。
「お前は狡猾な男だ、クリストハルト。
クリストハルトが気付く。身体がぴくりとも動かない。
「無駄なことはやめておけ。フクロウみたいに首を回してみたいなら手伝うがね」
隣でシャルルも怖がっているがローズはまったく気にも留めない。彼女がカップに口をつけながらちらとクリストハルトへ向けた視線は冷たく、言葉にジョークをいっさい含んでいないのがよく分かる。彼は怯えてコクコクと頷く。
「わ、わかりました。ですが、いったい何が目的なのです? 金の無心に来たわけでもないでしょう。慈善的なことをするふうにも見えませんが」
魔女が理由なく悪事を咎めるふうには思えない。かといって金を催促するほど困っているわけでもない。にも関わらず彼女が積極的にかかわってくるのをクリストハルトはまるで理解ができなかった。
そんな彼をローズは鼻を鳴らして小さく馬鹿にした。
「なに、この下らない悪事から手を引け、と言いに来たのさ」
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