第4話 君と会えて

 三月最後の日曜日、僕は上野駅に到着した。

 僕は髪にゆるくパーマをかけ、明るい色のチェックのネルシャツに黒のストレートのジーンズを着て、いつもよりおしゃれに決めていた。

 上野公園では満開の桜が咲き乱れ、花見や動物園に向かう客で混雑していた。僕は混雑をかき分け、由香子との待ち合わせの場所へと歩き出した。


「西郷さんの銅像って……どこだ?」


 遠出することの少なかった僕にとって、東京の地理はちんぷんかんぷんだし、ましてや上野は幼い頃に動物園に行ったくらいしか記憶になかった。しばらくあてもなくさまよった僕は、京成上野駅入り口の近くに来て、ようやく西郷銅像を見つけた。そこには、茶色いかばんを手にしたポニーテールの少女が立っていた。あの子が由香子で間違いないんだろうか?僕は高鳴る胸を手で押さえながら大きく深呼吸すると、少女に声をかけた。


「あの、三井由香子さんですか?」

「はい。そうですけど」

「福島から来た、中条純平です」

「純平さん?」

「そうです」


 由香子は僕が待ち合わせした文通相手と知り、口を両手で押さえて驚いていたが、約束通りに現れた僕の姿を見て安堵したのか、笑顔で頭を下げた。


「今日はわざわざ来てくれてありがとう」


 赤い英文字の入った白のパーカーに膝小僧が覗くデニムのミニスカートを穿いた、所々ニキビの残る優しい顔立ちの由香子。僕よりもずっと小柄だけど、声は明るくきびきびしていて、その雰囲気に圧倒されてしまった。


「ちょうど桜が満開できれいだし、公園の中を一緒に散歩しようか?」

「そうだね」

「ここまでどの位時間がかかった?遠かったでしょ?」

「まあ、二時間ちょっとかかったかな?」

「わあ、大変だよね。わざわざ来てくれて、ありがとう。私もここまで一時間近くかかったかな。川越って東武東上線の特急が停まるんだけど、それでも都心から離れてるから、時間はそこそこかかるんだよね」


 由香子と僕は、二人横に並んで、花見客で賑やかな公園の中をゆっくりと歩いた。

 延々と続く桜並木は、淡いピンクの花のトンネルのように連なり、その下を肩がぶつかる位に多くの人達が行き交っていた。

 僕たちは歩きながら、お互いのことを話した。

 由香子には弟がいて、一緒に買い物や遊園地に出かけるほど仲がいいこと。ピアノは幼稚園の頃から始め、コンクールにも多く参加し、入賞した経験もあるとのこと。中学時代はバスケットボールに熱中していたことなど、手紙のやり取りよりも彼女の人柄が手に取るように伝わってきた。


「純平さんは何人家族?兄弟はいるの?」

「あ、えーと、弟が一人」

「へえ、私と一緒だね。普段はどんな感じ?仲良し?」

「いや、それほどでも……たまにあいさつ程度に会話するくらいかな?」

「そうなんだ……。ねえ、放課後は何やってるの?部活動とか習い事とかしてるの?」

「いや、今は帰宅部なんだ。中学時代はテニスをやってたけど」

「そうなんだ……」


 お互いのことを色々話すものの、僕の話題は由香子に比べると面白味に欠けるのか、由香子が途中から言葉を返してくれなくなることもあった。ひょっとしたら、手紙と違って僕の話がつまらなくて、由香子が退屈しているんじゃないか?と感じていた。いざ会ってみたら、彼氏としては取るに足りない人間だったと思われることに、僕は大きな不安を感じていた。せっかく会えたのに、彼女が僕に興ざめして別れることになるのは何としても避けたかった。


「あ、そうそう。僕、大学は早稲田を目指していて、部活をしない代わりに放課後はもっぱら図書館で勉強してるんだ。あの自由で何でも受け入れる校風が好きなんだよね。おかげで今は学年のトップ50に入ったんだよ」

「へえ、すごいなあ。私も地元国立に入りたいから頑張って勉強してるけど、なかなかうまくいかなくてね」

「そうそう、僕は入学以来ずっと学級委員やってて、クラスのみんなからも色々相談持ち掛けられたり任されたりして、勉強以外も結構忙しかったりするんだよね」


 気が付くと僕は自分のことを誇張して話していた。早稲田を狙っているのは確かだが、学年トップ50に入ったことはたった一度だけである。学級委員に選ばれたことも確かだが、信頼されて任されたのではなく、クラスで誰もやりたくなくて半ば押し付けられるように任されたというのが事実である。僕に近しい人間ならば僕がどんなに虚勢を張ってもすぐ見抜いてしまうが、文通を通して僕に信頼を置いている今の由香子なら、すべて本当のこととして受け入れてくれると信じていた。


 

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