第2話 出会い

 年号が平成に変わり、賑やかだった1980年代も終わりを迎えようとしていた頃、高校生の僕は、毎日退屈で張り合いを感じない日々を過ごしていた。部活動をするわけでもなく、勉強に打ち込むわけでもなく、かといって彼女を見つけてデートを楽しむわけでもなく……家に帰ってテレビでアニメを見たり、自転車で本屋めぐりをしたり、部屋に籠ってテレビゲームをする位だった。

 僕の通う学校は地元では一応進学校だったし、行きたい大学もあったし、勉強にはそれなりに集中して取り組んでいるつもりだったけど、成績は全く上がらず、張り合いが無くて次第にやる気を失っていった。


 夏が終わりを迎える頃、授業を終えた僕は、セミの鳴き声が響き渡る坂道を、友達の遠藤祐介えんどうゆうすけとともに下らない話をしながら下っていた。


「ところでさ純平、佐々木ささきの奴、こないだ彼女出来たんだってよ」

「マジ?あのデブの佐々木が?」

「隣の女子高とコンパやって、見つけたんだって」

「いいなあ。あいつ、やっと幸せを掴んだのか」

「あれ、そう言う純平はどうなんだよ?いないの?彼女」

「いないけど……欲しいよ、彼女」

「じゃあ、積極的に街で声を掛けるか、コンパとかにも顔を出してみたらどうだい?」

「でも、こんなニキビ面の根暗な男なんか、見向きもされないよ。こないだの文化祭も、後夜祭で俺と一緒にフォークダンスを踊った隣の女子高の子が、ちょっと嫌そうな顔してたしさ」

「そうかなあ?純平は優しいし、性格自体は悪くないと思うけどな」

「いや、それは違うぞ祐介。性格だけじゃだめだよ」


 僕は祐介の言葉を嬉しいと思いつつ、現実にはそれだけではダメだと感じていた。

 顔は良くないし、話下手で立ち回りも不器用な自分が、彼女を連れて歩く姿は全く想像できなかった。

 僕は祐介と別れた後、駅前の本屋で雑誌を立ち読みした。週刊少年ジャンプをむさぼり読んでいた僕の隣で、突然誰かが僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「純平?」

「あ……孝彦たかひこか?」


 僕の後ろから、同じクラスの吉田孝彦よしだたかひこが声を掛けてきた。


「何を読んでるんだよ」

「見ればわかるだろ?ジャンプだよ」

「そんな漫画ばかり読んでるから、いつまでも彼女ができねえんだよ」


 そう言うと、孝彦は僕に「月刊高校二年生」を見せた。


「これを読むと、彼女ができるのか?」

「いいから、ここを読めよ。ここを」


 孝彦は、「高校二年生」の最後の方のページをめくった。

 そこには、「文通相手募集」のコーナーがあった。


「俺さ、ここで彼女を見つけたんだ」

「え?マジかよ?文通で?」

「まあ、ホントにたまにしか会えないけどさ。相手は京都に住んでるんだよね」

「京都?こないだ修学旅行で行った場所じゃないか?旅行でナンパしたわけじゃないよな?」

「違うよ。この雑誌で彼女が載せた募集記事を見て、たまたま俺と趣味が共通だったから応募したんだ。俺も彼女も『TMネットワーク』が好きなんだよ」

「そうなんだ……うらやましいなあ、同じ趣味の人だなんて」

「お前もやってみたらどうだ?俺もお前も口下手だから、合コンやったところで壁の花にしかなれないと思うよ。でも、文通ならば顔を合わさず手紙を通してお互いのことを知り合っていくから、俺たちにはピッタリの方法なんだよ」


 そう言うと、孝彦は片手を振って、駅の方向へと走っていった。


 当時は「高校二年生」のような、学年誌と呼ばれる各学年の生徒向けの雑誌が発行されていた。

 主な内容は芸能関係の記事と勉強に役立つ特集、そして同学年の読者たちの交流コーナーだった。交流コーナーには恋愛体験や友達とのトラブルを綴った投稿、テーマに基づき本音をぶつけ合うコーナー、さらには読者同士の文通相手募集のコーナーがあった。顔を合わせて話すのが苦手だった僕は、文通であれば何とか心を開いて相手と交流ができるのでは?と考えた。

 僕は孝彦からアドバイスを受けて以来、毎月、「高校二年生」の文通相手募集コーナーを欠かさず確認していた。

 今月も、全国各地から募集が来ているが、なかなか自分の趣味や性格に沿う相手が見つからなかった。


「うーん……この人、隣の県に住んでるけど、ハードロック好きなのか。ちょっと自分にはなあ。この人はスポーツ好きだから、やっぱり話は合わなさそうだな」


 そんな中、僕の目は、埼玉県の『勿忘草わすれなぐさ』という難しいペンネームの女子の記事に目が留まった。


『文通を通して素敵な出会いがあればと思います。学校や勉強での悩み事、お互いに心を開いて話せたらいいですね』


『勿忘草』の記事からは他の投稿者から感じるアクの強さや趣味の相違は感じなかった、まるで自分が包み込まれるような柔らかさを感じた。

 住んでいる場所が僕の所から少し遠いけれど、僕はこの人となら何となく話が合うかな?と感じた。

 僕は即行で「高校二年生」を買い、かばんの中に仕舞い込んだ。

 家に帰ると、早速『勿忘草』に宛てた手紙を書き綴った。

 きっと全国から彼女に宛てた手紙がくることを想定し、中途半端な文章では相手に読んでもらえない可能性もあるし、お断りされる可能性もあると思ったので、何度も何度も書き直し、自分が納得したものを封筒にしたためた。


『こんにちは、福島県に住む中条純平と言います。『高校二年生』の文通相手募集の記事を読み、思い切って応募しました。文通を通して、勿忘草さんと色んなことを沢山お話したいと思いました。まずはお互いの住む町や趣味のこと、いずれは学校や勉強の悩み事なども話し合えたらと思います。性格は自分で言うのもなんですが、真面目で、友達からは優しいし性格も悪くないと言われています。こんな自分で良かったら、よろしくお願いします』


 数週間後、僕の机の上に、可愛らしい犬のイラストの入った封筒が届いていた。

 封筒の裏には、僕の知らない住所と名前が書いてあった。


「埼玉県川越市 三井由香子みついゆかこ……?」


 僕は胸に手を当てて高まる気持ちを押さえながら、封筒を開いた。

 便箋には、当時の女子に多かった丸文字ではなく、まるで男子のように大きくきっちりとした文字で、びっしりと文章が綴られていた。


『はじめまして。埼玉県に住む三井と言います。中条さんのお手紙を読ませて頂きましたが、中条さんのやさしい感じがすごく伝わってきました。これから一緒に色んなことをお話できたら、と思います。よろしくお願いします』


 手紙を読み終えた僕は、思わずガッツポーズした。

 手紙だけど、僕の気持ちがしっかり相手に伝わったこと、そして初めて一対一で話が出来る女子と知り合えたことが、何よりも嬉しかった。


 その後僕は、すぐ由香子に返信しようとした。

 何度も何度も文案を作り、推敲を重ねた上で清書した。


『こんにちは、三井さん。返信してくださってありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。趣味はサイクリング、そして音楽を聴くことです。音楽は尾崎豊おざきゆたか玉置浩二たまきこうじ、アイドルは中森明菜なかもりあきな斉藤由貴さいとうゆきが好きです。テレビはとんねるずが出ている番組は毎回見ています』


 便箋にしたためると、僕は大切に袂に入れて、近くのポストに投函した。その二週間後、由香子から返信が届いた。

 そこには、便箋にびっしりと文字が埋め尽くされるように書かれていた。


『こんにちは、中条さんのお返事、うれしかったです。私も中森明菜が好きで、昔はファンクラブにも入っていましたよ。玉置さんも尾崎さんも聴きますよ。あとは佐野元春さのもとはるが好きかな?私は今は部活をしていませんが、小学校の時からピアノをずっと習っています。あとは、友達とバスケットボールをやって遊ぶのが好きです。そうそう、どんな本が好きですか?私は古典文学が好きなの。枕草子とか源氏物語とかね』


 由香子の文章からは、由香子という人物像が僕に強く伝わってきた。

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