第3話

 彼は、来ない。

 いつか、こんな日が来ると、思っていた。

 そう。初めから、こんな都合のいいことは。

 夢だったのかもしれない。

 バックミラーに映る、自分の顔。綺麗。

 綺麗な顔だから、昔から、異性と関わらないように生きてきた。人に会わないところで、人に会わずに。そうやっても、同性はどうしようもない。

 しかたなく仲良くなった子に、言い寄られていた。正直、ひとりで生きていくのも潮時な歳になりつつあった。彼女と結ばれれば、たぶん、普通の生活が手に入る。

 普通。

 普通の生活。

 普通の日常。

 なんの興味も湧かないし、なんの期待もなかった。

 バックミラーを、もういちど見る。やはり、顔が綺麗だから、なのだろうか。普通の何かを、求めていない。こうやって、彼が現れるのを、待っている。

 ミラーに映る、もう30を越えたのに、18かそこらにしか見えない顔。

 わたしに言い寄ってくる彼女も、やっぱり、顔目当てなのだろうか。それとも身体か。ミラーを動かす。派手ではないけど、均整がとれた綺麗な身体。

 彼が欲しい。

 でも。

 彼の何が欲しいのか。分からない。ただただ、こうやって、彼を待っている。

 彼は、私が待っていると、来る。なぜわたしの場所が分かるのか訊いても、要領の得ない答えが帰ってくるだけだった。正義の味方は、来てほしいと思ったときに来るものだから。


「正義の味方なら」


 わたしを助けに来てよ。

 そんなことは、言えない。

 きっと彼には、彼の人生があって。たぶん、彼のその道の途中に、たまたまわたしの車が止まっていただけ。それだけ。

 ステアリングにもたれかかって。彼のことを考える。はじめて逢ったときのことを。

 何も、自己紹介も距離を縮める儀式も、何もなかった。車を停めていて、そこに彼が入ってきて。わたしは彼を求めて、彼もわたしを求めていた。会話すらない。ただ、ふたりだけの、空間。


 彼は来ない。

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