第六陣 (4)

 

 

 小此木の父と言えば、かつてシーボルトに蘭医学を学んだ、高名な医師・小此木天然である。

 その天然の語り聞かせた話なら、と、聞く側の期待は膨らむ。

「いや何、異国の話なのですがな。眠りから覚めぬ姫君があったが、どこぞの若殿が姫君に口付けることで、姫君を目覚めさせたという言い伝えが――」

 どんな話かと思えば、どこかで聞いたことのある……いや、寧ろ瑠璃には、それと全く同じことを鳴海にさせようとした前科すらある。

「そんなもの、御伽噺であろう。小此木、そなたこの大事にふざけた話をするものではない」

「そっ、そうですぞ小此木殿! 空気を読んで頂きたい! 瑠璃様がまたしても私に接吻を強要してきたら、どう責任を取って下さるのかっ!」

 呆れる瑠璃を援護するかのように、鳴海も声を大きくした。

「えっ、この方法、大谷殿が既に試されたのか!?」

「たたた試してたまるか!! 未遂だ未遂! 前々から薄々思ってはおりましたが、小此木殿の思考回路はちょっと瑠璃様と似ておられるぞ!」

「しかしこの方法、大谷殿如きの唇では効果は望めますまい。そのままぽっくり逝ってしまいかねん。やはり私が思うに、姫様の口付けでなければならぬ!」

「ちょっ!? 馬鹿! 小此木殿バカ! そんなことはこの大谷鳴海が断じて――」

「だがもし、私がそうすることで、銃太郎殿を救えるのなら……」

「そうですぞ瑠璃様! 小此木殿の口車に乗せられてはなりま――えええぇぇぇえええ!!?」

 お約束な驚き方を見せる鳴海を尻目に、小此木はごそごそと袂を探り出す。

「と、申しますか……、実際のところ、気付けの薬をまともに飲ませるには、口移しが一番確実かと思いましてな」

 はい、とにっこり微笑んで、小此木は小さな竹筒を瑠璃に差し出す。

 何の変哲もない竹筒だが、小此木の口調から推察するに、中身は気付けの薬液だろう。

 容器に薬品名も何も記されていないところが、怪しくはあるが。

 瑠璃は竹筒を受け取ると、ごくりと唾を呑み下す。

「る、瑠璃様、そのような危険な物は鳴海にお預けください……。ねっ、ほらほら……!」

 おろおろと手を差し出して、竹筒を寄越すように諭す鳴海。

 しかし、最早瑠璃の耳には鳴海の言葉など一切聞こえてはいなかった。

「結構強烈な気付け薬ゆえ、間違って姫様が飲んでしまわぬようにだけ、お気を付け下され」

「駄目ですぞ瑠璃様! さあ早くそれを私の手に!!」

「ありがとう、小此木。必ず銃太郎殿を目覚めさせてみせる……!」

 一縷の希望を見出し、瑠璃は小此木を真っ直ぐに見詰めて強い笑みを浮かべた。

 すると小此木もまた、満足げに笑って頷いたのであった。

 

 

 【第七陣へ続く】

 

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