第六陣 (1)

 

 

 翌朝、郷土史研究部の四人が老女の家へ集結した。

 瑠衣と亮助に、何だか全体的に黒く、ゴテゴテフリフリした格好の恵。

「恵さんの私服って、すげーな……」

「馬鹿、アレを見なさいよ。恵の格好はまだ普通でしょ」

 瑠衣にそう促されて、示された方向を見る亮助。と、銃太郎。

「……あっちはもう仮装の域だわ」

「いやしかし、奴は昨日も似たような格好をしていただろう」

「部長ォォオオオオ!! 今日こそはっ!! 俺と!!! 史跡巡りデートしてくださぁぁあああああい!!!」

 今日も絶賛沸騰中だ。

 昨晩、こんな男と同類扱いされたことが甚だ遺憾である。

 瑠衣に恋する木村鳴海は、今日も今日とてがしゃがしゃ甲冑を着込んでやって来ていた。

「なんであのアホは毎度毎度甲冑着てんのよ」

「姉ちゃんが好みのタイプは武士だとか、木村先輩に適当なこと言うからだろ」

 げんなり溜め息を吐く青山姉弟。

 木村鳴海の飽くなき挑戦は、今日も盛大に空回りしていた。

「あいつはアレで街中を歩くつもりなわけ? 頭おかしいでしょ」

「あら? 部長ったら。それを言ったら、彼も相当だと思うわよ」

 恵の一言で、木村鳴海以外の三人の視線が一斉に銃太郎へ注がれる。

 そのいずれもが、納得したような、残念なような、得も言われぬ眼差しだ。

 しかし出で立ちはと言えば、きちっと袴も着けているし、二本も差している。

 彼らの舐めまわすような視線にちょっとばかり動揺したが、断じて奇異の目で見られるような格好ではないはずだ。

「そういやそうだよなぁ。銃太郎さんさ、その袴までは別にいいんだけどさ? その刀、本物なんだよな?」

「当然だろう」

 きりっと答えると、三人はどっと吐息した。

「捕まるわよ、現代の岡っ引きに」

「だな。銃刀法違反だな」

「あっちの偽武将のほうがまだマシだったわけね」

「!? な、なんでそうなるんだ!? 私の何がダメなんだ!?」

「もー、だから刀だって言ってんだろー?」

 と、亮助は銃太郎の腰に差した大小を指す。

「この時代ではね、無闇に刀剣類や銃砲類を持ち歩いてはいけないことになっているのよ。ふふ、一つお勉強になったかしら?」

「し、しかし、おまえたちだって昨日までは何も言わなかっただろう?!」

「うーん、まあ、黙ってればただの仮装に見えなくもないだろうけど。それに、武士に魂持ち歩くなって言うのも酷よねー?」

 銃太郎の問い掛けを完全に無視して、瑠衣が首を捻る。

「じゃあさぁ、布か何かに包んでおけば? ホントはそれでもダメだろーけど」

「けどねー、亮助。一緒にあの偽武将がいたら、絶対職務質問されると思うのよねー」

 瑠衣がちらりと偽武将・木村鳴海を見遣る。

 と、彼は目ざとくその視線に感付いたらしい。

「部長……! そんなっ、お、俺でいいんですか!? 本当に!?」

 瑠衣の視線が一瞬向けられただけで、何をどう勘違いしたのか。

 火でも噴きそうなほどに顔を赤くしながら、がっしゃがっしゃとこちらに迫ってくる。

 しかし、瑠衣はあくまでも冷静に対峙した。

「あんたそれ脱ぎなさい」

「!!? ぶっ、部長!?」

 瑠衣の一言で、とうとう阿呆が鼻血を出した。

「そそそそんな、こんなところで何をす――」

「何もしねーよ。脱がないんなら自動的にあんた留守番だけど、それでいいわけ?」

「でもっ……、でもこれ脱いだら俺、武士じゃなくなっちゃうし……」

 武士じゃなくなったら、部長に嫌われちゃう。とか何とか駄々を捏ねる始末。

「あんたは元々武士じゃねーよ、埋まれ」

「姉ちゃん、どうしても木村先輩埋めたいんだな」

「よし、亮助。あんたがこいつの甲冑脱がしなさい」

「はぁ!? 俺ぇ!? マジで言ってんの!?」

「マジよ。私も手伝うからやりなさい! これじゃいつまでも出発できないでしょ!」

 そうして、朝の北条谷に断末魔が轟くのであった。

 

   ***

 

「これは……」

 未だ昏睡する銃太郎を見るなり、小此木が唸った。

「大谷殿、これはどういうことですかな……」

「わ、わかりません……」

 鳴海の懇願を受けて、翌朝早くに往診となったわけなのだが。

 銃太郎は相変わらず、静かな寝息を立てて眠っている。

 だが、よく見ると。

 銃太郎の口許には、あんこがべったり貼り付いていた。

 そして、その傍らに放り出された善哉の小皿。

 自分が看る、と息巻いていた瑠璃の姿は、どういうわけかそこには無かった。

(瑠璃様、一体何をなさった……)

 泣くほど心配していたくせに、意識のない銃太郎の口にあんこを塗るだけ塗りたくって、城に帰ったのだろうか。

 意味がわからない。

 どれほど思い詰めれば、こんな行動を起こせるのだろうか。

 瑠璃の心的状況が非常に心配になる。

「お、小此木殿、とにかく一度診て頂けませぬか」

「いやまぁ、しかし大谷殿。なんであんこが――」

「拭きますから! あんこ拭きますから! 診てやって小此木殿!」

 言うが早いか、鳴海は小此木を座らせると、手早く銃太郎の口を懐紙で拭いにかかる。

 が、その所作を傍らで眺める小此木が、さっと鳴海の手を制した。

「待て、大谷殿」

「な、何かお分かりになりましたか!?」

 下手に患者に触れてはいけない。

 とでも言うように、小此木の目は真剣そのものだ。

 思わず手を引っ込めた鳴海は、小此木の顔をじっと窺う。

「……」

「……」

「大谷殿」

「な、何でしょう」

 小此木の深刻な声に、鳴海は固唾を呑む。

 と、その指が銃太郎の口許を指した。

「この鼻の下についたアズキ、まるででかいハナク――」

「小此木殿のバカァ!! そんなのいいから早く診て! お願いしますから!! もうっ!!!」

 

   ***

 

 たぷん、と手桶の水に手を潜らせ、小此木は一つ息を吐いた。

「それで、銃太郎はどのような病なのでしょう」

 そわそわしながら診察の終わるのを待っていた鳴海は、真っ先にそう尋ねる。

 しかし、小此木は眉尻を下げて首を左右に振る。

「大谷殿――」

「ざ、残念なお知らせですか小此木殿……」

「いや、どこにも異常はないようですな」

 白い布で手を拭いながら、小此木は難しい面持ちで鳴海を見た。

「頭にごく小さいながら瘤は出来ていますが、これが恐らく大谷殿の一撃の名残でしょうな」

 一瞬で気を失うほどの衝撃だったはずなのに、ごく小さな瘤で済むとは超人級だ。

 しかし、と小此木は続ける。

「この私の診立てでも、あんこの謎はまだ――」

「あんこはもういいですから」

 口についたあんこは綺麗さっぱり拭きとられ、銃太郎も今は元通りの美男子。

 この顔に、瑠璃が何を思ってあんこを塗りたくったのかは、想像しても詮無きことだ。

「あら!? に、兄さんが元に戻ってる……!」

 すっと障子を開けて入ってきたのは、銃太郎の妹・たにだった。

 往診に来た時にこの部屋へ通してくれたのはたにだが、彼女は中に入らず、そそくさと奥へ消えてしまった。

 そして、この時を見計らったかのような登場。

「まさかとは思うが、銃太郎にあんこを塗ったのはおまえか」

「えっ!? やややや、鳴海様ったら、何を突然わけの分からないことを?」

 鳴海の指摘に、露骨に狼狽えるたに。

 やはりこいつだ。

 犯人は瑠璃ではなかった。

 そのことに微かな安堵を覚える。

「貴様、仮にも実の兄の口にあんこを塗りたくるとはどういうつもりだ」

「ほう、銃太郎の妹御か。まあ何があったにせよ、意識のない者にあんこを詰めてはならんぞ? 下手をすれば、あんこで息の根を止めることも出来るのでな」

「で、ですからぁ、それはその、特効薬が――」

「あんこを塗ったのはこの私じゃっ! たに殿ではないっ!」

 スパーン! と障子を左右に開け放つ音と共に、背後で叫ぶ声がした。

 ぎょっと振り返ると、そこには真っ青な顔をした瑠璃の姿。

「たに殿はただ、銃太郎殿の歯ぐきを剥いただけじゃ! あんこを塗ったのはこの私……!」

「る、瑠璃さ……?! えっ、歯ぐき?」

「たに殿にまで手を上げてはダメじゃっ! 打つならこの私を打て、鳴海……!」

 すると瑠璃は鳴海の傍らにストンと正座し、固く目を瞑る。

「瑠璃様……」

 身を強張らせるその様子は、どうやら鳴海に打たれることを覚悟していることを窺わせる。

 元々、たににも、ましてや瑠璃にも手を上げるつもりなど無いのだが。

 どんな事情があったかは扨置き、瑠璃は素直に反省しているようだ。

 それが嬉しく、また普段通りの瑠璃であることに安堵し、鳴海は微かに面持ちの緩む感覚がした。

 

 

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