第四陣 (4)

(そういえば、あの二人も兄妹のような仲の良さだったな)

 思わずそんなことを思い出してしまった。

「…………ん?」

 思い出しがてら、何となく居た堪れない気分に陥りかけた時。銃太郎の胸中に更なる不穏な予感が芽生えた。

「……なあ、亮助」

「え、何?」

 まさか。

 いやいや、そんなはずはない。

 だが、ここは確かに未来の二本松のようであるし、今目の前には「青山」という人間がいる。

 ここが銃太郎自身よりももっと末の世代が生きる世ならば、ここに生きるのはもしかしなくても、見知った人々の子孫たちが大勢いるわけだ。

 いや、でもまさか。

「つかぬ事を伺うが、おまえ、……誰の子孫なんだ」

 恐る恐る尋ねると、亮助も瑠衣も一瞬、瞠目してその動きを止めた。

「……」

「……」

 単に青山家と言っても、銃太郎の世でも「青山家」は既に何軒も存在しているし、必ずしも青山助之丞の血筋とは限らないのだが。

「なんだ、その沈黙は……」

 銃太郎が声を出せば、今度は両者、黙したまま顔を見合わせる。

「……」

「……」

「ちょっと待て、私は今質問したことをものすごく後悔しそうだ……」

 もしかして、答えを聞かないほうが幸せかもしれない。

 やはり今の質問は聞き流してくれ、と言いかけた銃太郎の耳に、今度はバタバタとこちらへ近付く複数の足音が聞こえた。

 しんと静まる図書館内だけに、その音はまるで雷鳴のような大音量になって響き渡る。

「ぶぶぶ部長ォオオオオ!!!」

「探したわ、部長」

「ちょっとあんたたち! 静かにしなさいよ、また図書館出入り禁止になるわよ!?」

 現れたのは、亮助や瑠衣と丸きり同じ服装をした男女。たった二人の駆け足の音がこうも煩く聞こえるとは。

 対して、咄嗟にその二人を叱責したのは、目の前の瑠衣だった。

「……っつーか姉ちゃんも煩ぇと思うわ、オレ」

 ぼやく亮助を他所に、銃太郎の視線はまたしても、その新たな出会いに釘付けになった。

 なんという奇跡だろう。

 いや、その光景は奇跡などという表現では物足りないほどの破壊力がある。

 こんなことがあって良いのだろうか、いや、良くない。

「探しましたぞ部長ォオオオオオ!!!!」

「世話が焼けるわね、全く。お陰で私の大福が乾燥してしまったわ。ほら見て、こんなにカピカピ」

(っいやぁああああああ!!!)

 今銃太郎を囲むこの光景を、地獄絵図と言わずして何と言う。

 黒く艶やかな長髪の女子は、乾燥した大福を愛で、もう一人、やたらと声を荒げる少年は、少年というよりもややおっさん染みていて。

 とても良く知っているあの二人に、いやに似ている。

 人知れず急激に襲った恐怖心と熾烈な闘いを繰り広げながらも、銃太郎はやっと叫びを押し殺した。

「あら? こちら、素敵な殿方ね。私の銃太郎様がメリーゴーランドに乗って現れたかと思ったわ」

 それまで瑠衣を直視していた黒髪の彼女が、くるりと銃太郎を見た。同時に銃太郎の肩がびくりと震えたのは言うまでもない。

「クス。怯えてるわ。そそるわね、慄く武士っていうのも」

「ヒイ!」

 やたら凄絶な微笑を向けられ、銃太郎の喉を微かな悲鳴が突き破った。

「山岡めぐみよ、よろしくね。突然だけど、あなた、私の下僕にならない?」

「えええ遠慮しま……っ!!? や、やまおか!?」

 嗚呼、無情。

 この女は、あれだ。

 青山助之丞とは相当仲の良い、それでいて見かけると何故かいつも大福を片手にしている、鴉の濡れ羽色をした長髪を揺らす男──。

 山岡栄治に違いない。

 愕然と声を失くした銃太郎の視界の隅では、喧しい男が瑠衣に絡んでおいおいと泣き喚いている。

「部長ォオオ~、結婚してください」

「やだよオメェ、どっか埋まれよ」

「私の目を盗んで、こんな破廉恥侍と見合いしているだなんて! 不潔です! この私というものがありながら!」

「だから埋まれよ、埋没しろ」

 これもまた、あの男に似てはいないだろうか。思わず瑠璃と鳴海の遣り取りを連想してしまう。ただ、瑠衣のほうが瑠璃より遥かに酷薄なあしらい方をしているが。

「り、亮助……こちらの方々は?」

「ん? ああ、うちの姉ちゃんさ、高校で郷土史研究部の部長やっててさ。こいつらはその部員」

「郷土史研究部?」

「そ、だからまー、こいつらみんな銃太郎さんのことは知ってるらしいよ?」

 良かったね、と言わんばかりに笑いかけてくる亮助だが、あまり有難く思えない。

「そっちの大福の彼女が山岡恵さんで、あの煩いのが木村鳴海だから。覚えてやって」

「っききき木村ぁあああっ!? ちょ、え!? 嘘だろう!? 木村鳴海!? ちょ、そんな! 馬鹿じゃないのか!?」

「いや、まじだけど」

「嫌だっ! 他はどうでもいいが、それだけはいやだ! 絶対にイヤだ……!!」

 こんなにも怒涛の如く嫌な展開に見舞われるなど、誰が予測為し得るだろうか。

(……悪夢だ。これは、悪夢だ……っ!)

 瑠衣にべったりと纏わりついて過剰な愛をぶつける木村鳴海という男を眺め、銃太郎は全身が総毛立つのを止めることが出来ずにいた。

 戦が起こるだの、気付いたら未来に来ていただの、そんなこと以上に強烈な衝撃である。

「ねえ、あなたのその小麦色の肌、私の好みよ……ふふ」

「こ、困ります山岡さん……」

「あらぁ、恵って呼んで頂戴。或いはメグメグでも良くてよ?」

 まさに予想外の展開に、銃太郎は更なる受難を予感せずにはいられなかった。



【第五陣へ続く】

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