第三陣 (3)



「っつーか……。あんた、元いた時代に帰れなきゃ、どっちにしろお姫様とは永遠にお別れだな?」

 そういえば、確かに。

 亮助の尤もな発言に、銃太郎は一瞬目眩すら覚えた。

 今は未来。

 喧しい鳴海もいなければ、恋敵の懸念すらある青山もいない。

 が、肝心の瑠璃もいない。

「それも……そうだ、な……」

 忍ぶ恋がどうのこうのと言う前に、先ずは元いた時代へ戻ることが先決だ。

 しかし、何をどうすれば帰れるのか、方法を探す手掛かりもない。

「なんか、お先真っ暗だなぁ、あんた。あっはっは、どうすんだ?」

 丸きり他人事として笑い飛ばす亮助を、じろりとねめつけ、銃太郎はじっと考える。

「……」

「何か帰る方法でもあんのか?」

「……」

「それとも、もういっそのこと、この時代で生きてけば?」

「……」

「どうよ? 帰れそうなの?」

「…………うう、無理っぽい」

 考えてみたが、とりあえず何も浮かんでこなかった。

 考えて思いつくものでもないらしい。

「ま、そう気を落とすなよ。ゆっくり考えろって、さっきも俺、言ったろ?」

「ゆっくり、ってお前……他人事みたいに……」

「や、他人事ですけど」

「!!」

 何て奴だ。

 と、言い返そうと思えば、亮助もやおら肩を竦めて苦笑する。

「しょーがねえなぁ。どこも行くアテねえの?」

「あったらこんなところにいるものかっ!」

「でもウチは無理だぞ? 捨て犬拾って帰ると、母ちゃん怒るからさ」

「犬っ!? おまっ、犬ってちょっと!」

「あ、悪ぃ、捨て武士? いや、迷い武士? んー、落武者か……?」

「い、いちいち腹立たしいな、お前……」

 それはさておき。

 本当に、どこか身を寄せる場所を探さねばなるまい。

 くだくだと言っていたら、野宿する羽目になってしまう。

 明日にも帰る手段が見つかるのならば兎も角も、その見込みすらない以上、どこか適当に厄介になれる宿を探さねば。

「……と言っても、金は無いし……」

「一文無し? っつーか、昔の金なんか、持ってても使えねえと思うけどな」

「うわ、そうか、貨幣も違うのか……」

「身体で払えば?」

「…………」

「じ、冗談だよ……」

 言い合ううちに、銃太郎の脳裏に、ふと先ほど出会った老女の姿が浮上した。

「そういえば……」

「なんだよ、なにか思いついた?」

「いや、ここへ来る前、出会った人が……」

 出会ったというより、叩き起こされただけなのだが。

 それでも、ここで亮助以外に知る人といえば、彼女しかいない。

 それに、よく考えてみれば、あの人の畑に転がっていたのも何か関係があるのかもしれないではないか。

 強引なこじ付けとも思えないではないが、それしか思い当たる節がないのだから仕方ない。

 銃太郎は意を決し、思い切って城へ来るまでの顛末を亮助に打ち明ける事にしたのだった。


   ***


 午後の日差しが、燦々と眩しい北条谷。

 空を渡り行く小鳥も、小気味良い囀りを響かせていた。

「だからって亮助、お前……」

「しょうがねーじゃん! 早く来いよ!」

 何となく渋る銃太郎の袖を、亮助は容赦なく谷の奥へと引き摺って行く。

「で、でもだな、あの婆さんは……」

「早く帰ってこいって言ってたんだろ? だったら帰ってやれよ! 婆ちゃんきっと待ってんぞ!?」

 洗い浚い話してしまったのがまずかったのか、亮助は頗る張り切った様子で老女のもとへと向かいだしたのだ。

 行けばまた、豊かな勘違いをしてくれる婆さんに、爺さん爺さんと呼ばれるに違いないのに。

「り、亮助……もういい、どこか他を探すから……!」

「何言ってんだよ、あんたみたいな変な武士の面倒見てくれる人、そうそういねえぞ!」

「変な武士って言うな!!」

 確かに厄介な事情を抱えているとは自分でも思うが、何もそこまで言うことはないと思う。

 あまり気も進まないながら、腕を引かれて渋々谷の奥へ辿り着くと。

「あ、いたいた、あの婆ちゃんか?」

 声に誘われて畑に目を向けると、銃太郎の視線は、一寸も違わずに老女のそれと鉢合う。

「なんだべ、爺さん、もう帰ったんか」

 畑の除草でもしていたのか、屈めていた腰を伸ばし、ほくほくと手を振ってきた。

「あわわ、ホラ見ろ、まだ爺さんとか言ってるじゃないか、あの婆さん!」

「え? いや、かえってアンタには都合良くねぇ?」

「良くないだろう!! 何を言うんだお前!」

「でも喜んで面倒見てくれそうじゃん。お礼は体で婆さん喜ばしてやれば問題なさそうだし?」

「おおおお前斬るぞ!?」

「なんだよ、人の好意は素直に受け取るもんだぞ?」

「わ、私はまだ二十二なんだからな!?」

「だから何だよー」

 そうこうして揉み合ううちにも、老女は気さくな微笑みで二人に近寄ってきた。

「あ、なあなあ婆ちゃん!」

 憤然とする銃太郎を尻目に、亮助は人懐こい調子で老女に声をかける。

 すると、老女も亮助を繁々と眺め、徐に飴玉を取り出だす。

「なんだ懐っこいあんにゃ(お兄ちゃん)だべした、おらい(うち)の孫ぐれぇか? 爺さん連っち来て貰った駄賃だ、ほれ」

 と言って、亮助へと飴玉を差し出す。

 しかも引き続いて。

「爺さんもボケちまったんだか、家さ帰る道も忘れっちまったんだべ? まー、歳は取っちぐねえない!(歳は取りたくないね)」

「わわわ私はボケてないっ! 爺さんでもないっ! 寧ろ私も孫だ孫! くそう、だから嫌だったんだっ!!」

「まあまあ、この際いいんじゃない、爺さんて呼ばれながら暮らすのも」

「そそそそんな、亮助っ!?」

 ふと今頃になって気付いたが、婆さんも亮助も、似たり寄ったりな気がしないだろうか。

 何を言っても、話半分、というところが、特に。

(こいつを頼ろうとした私が馬鹿だったのか……?)

 どう収集をつけてよいのかも判断しかね、銃太郎は何か酷く疲労を感じてしまった。


   ***


「ほれ、まんま(ご飯)食え! 爺さんはシチュー大盛りだかんない!」

 ほくほくと湯気の立つ、何だか生涯初めて目にする食事に、銃太郎は些か戸惑った。

 具は、どうも芋や野菜がごろごろと煮込んであるようだが、何だか見た目が白い。

「うわー、婆ちゃん、俺も食ってっていいの? あははっ、いただきまーす」

 ふと隣で食卓に着く亮助の様子を窺えば、非常に喜んでいるようなのだが。

(何なんだ、この……しちゅうって……)

 この婆さんの旦那も好きだったらしいが、どうも馴染みのない食事に警戒心が生まれる。

「あれ、何だよ銃太郎さん、食わねぇの? うまいよ?」

「いや、これ……なんの料理なんだ……?」

 目の前に出された皿に手をつけず、じっと正座したまま尋ねれば、亮助は突如、そのしちゅうとやらを噴き出した。

「ぼぶっ!? はぁ!? シチュー知らねえの?!」

「……知らん」

 ついでに、どこでどう纏まったのか、結局婆さんの食卓に着いていることも不思議でならない。

「うまいから食ってみ?」

「う……ああ、い、頂きます」

 ぱくぱくと軽快に食の進む亮助を見て、銃太郎も漸く食事に手をつけることにした。

「な?」

「ん……うまい、な。何となく、牛の乳っぽい気がするが……」

「ぶっふっ! う、牛のチチ…! 牛乳って言えよ…!」

「べ、別に同じだろうっ!?」

「爺さん、おかわりは婆のチチもあっつぉい(あるよ)」

「い、いやぁぁぁあああっっ…! も、もう帰ろう、亮助っ!」

「え、やだよ、オレんちには来んなよ」

 もくもくと食べ続ける亮助の腕を引いても、全く相手にしてくれない。

「まあまあ、何だっけ、慶応四年? その時代のこと、ちょっと調べてきてやるからさ、ここで厄介になりな!」

 右手はしっかりと匙を握り、左手は銃太郎に向け、軽くひらひらと振る。

 どうやら、少なからず力になってくれるつもりではあるようだが、この調子ではいつになったら元の時代へと戻るのか、非常に不安一杯である。

「行ぐどごねんだこっちゃ、いっくらでもおらいにいだらいいべ?」

「はあ……ありがとうございます……」

「そうそう、人の厚意には素直になるもんよ?」

「亮助お前、他人事だと思って……」

 しかし。

 少々ふざけたところがあるのは間違いないが、この二人のお陰で、取りあえずは雨風を凌げることになったのは感謝すべきことだ。

 右も左も分からないまま、頼る者もなくては、それこそこの時代の空の下で一生彷徨い続けなくてはならない。

 それを思えば、多少言動が妙でも、幸いとせねば罰が当たるような気にもなった。


 

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