第三陣 (1)
「で? 要するに、あんたは本物の江戸時代の二本松藩士で、木村銃太郎で……まあ、つまり、何でか知らんが、この時代に来ちまった。……っつーことなんだな」
一つ一つ確認しながら、亮助は今も若干半笑いで銃太郎の話に耳を傾ける。
しかし、銃太郎は、その中の一つだけ、強く否定したのだった。
「何でか知らんわけじゃない! 原因は恐らく、あの阿呆の一撃だっ!」
「は?」
全ての現象には、何かしらの根拠があるはずだ。
こんなことになる直前に出くわした、あの一件が怪しい。
否。
そうに決まっている。
そして多分、こんなことが出来そうなのも、奴くらいしかいないだろう。
「瑠璃の側近の大谷鳴海だ! くっそう、あの阿呆っ。いくら私が目障りだからと言って、何も時代から追放することはないだろう!! な、そう思わないか亮助っっ!!」
「え、いや、ちょっと落ち着けよ。わけ分からん」
「だから、大谷殿は私が瑠璃に懸想していると暴いた上、その私を瑠璃から引き離そうと必死なんだぞ!?」
「あー、まあ、大変なのは分かったけど」
何より先に、これからどうするか、だろう。
と、亮助は苦笑しつつ窘める。
その一言で、何となく憤りも収まったのだが。
目の前に聳える城山を見上げれば、細い風が通り過ぎる。
城を取り巻く環境は、まるで別天地のようでも、ただ、木々の薫りと風の色は、然程変わってもいないような。
銃太郎は、そのまま、引き込まれるようにして城門のほうへと歩き始めた。
すると、数歩遅れながら、亮助も後を追って来て、さらに声を掛けてくる。
「……どっか行く当てでもあんのか?」
「どうしよう……」
行く当てなど、あるわけがない。
「あんた、本当に江戸時代の人なわけ? ただの家出じゃなくて?」
「い、家出などするか!! 何が哀しくて家出なんかしなきゃならないんだ!」
「だってよー、いまいち現実味がねえっつうかさ。それにあんた、なんかちょっと訳ありっぽいし」
言いながら、亮助はじっとこちらを覗き込んでくる。
こちらだとて、こんな訳の分からない実感など味わいたくもない。
「そもそもこの状況が既に訳ありだと思うが?」
「や、そうじゃなくて。さっきもなんか言ってたじゃん。目障りだとか、引き離すとかって」
へらへらしているようで、結構人の話はきちんと聞いているらしい。
ほう、と妙な感心を抱き、同時に銃太郎は、自分が口走った事を振り返る。
(……姫君に懸想して、その側近に疎まれてるなんて……言えるか!!)
いや、既に言ってしまっているのだが。
「なーなー、瑠璃って誰? 大谷って? なあ、教えてくれねえと、オレも何て言っていいか分かんねーよ」
これは、話さざるを得ないだろうか。
しかし、こんな身元も分からぬ男に洗いざらい打ち明けてしまうのも、憚られるように思える。
が、それでもここへ来るきっかけとなった出来事について話さずに、助言など請えるものでもない。
様々に考えあぐねていると、やがて城門の正面にまで行き着いた。
確かに、箕輪門。
いやに新しいが、それはさっき亮助が言っていたように、立て直したからなのだろう。
千人溜も、少しばかり狭小に思えたが、それでもきちんと存在している。
それよりも、何故か気になったのは。
「亮助」
「あ?」
「あの像は?」
箕輪門の正面に建つ、綺麗な銅像。
大砲を構え、刀や銃を構える姿。
そして、一人、大砲の傍らに采配を振る青年像。
それを除けば、他は全て少年の像のようだった。
遅れて追いついた亮助も、銃太郎の示す指先に目を向け、口を開いた。
「あー、あれか? 二本松少年隊の像だよ」
二本松少年隊。
聞きなれぬその名称から察すれば、それは恐らく、銃太郎の生きる時代以後に組織されたものなのだろう。
「少年隊、か。子供ばかりなんだな」
「二本松に住んでて知らねえ奴はいないだろうな。ま、有名度じゃあ、会津の白虎隊には敵わねぇけど」
「どういう子たち、なんだ?」
「えー? 俺もよくは知らねえけど……子供が戦って、何だか戦死したとかなんとか……って」
やや顰め面を作り、訥々話して聞かせる亮助。
なるほど、本当によく知らないようだ。
話が曖昧すぎる。
そうして亮助は、答えがてらにまじまじと銃太郎の顔を見た。
「そういやぁ、あんた、何となく似てるな。あれに」
「は?」
徐に例の青年像を指し示し、それと似ている、と言い出す亮助。
そうだろうか。
と、若干首を傾げるものの、特に自分自身では似ているとは思わない。
恐らく、いでたちが像と近いせいでそう思われるのだろう。
尤も、像の青年は陣羽織を纏い、采配を振る、戦装束なのだが。
「ああ、そう気ィ悪くすんなよ! あんたのほうが美男子だって!」
何となく目を凝らした銃太郎の表情を、不機嫌そうに見間違えたのか、亮助は慌てて弁解する。
「それはそうとさ。どうよ、頂上まで行ってみねぇか? 二本松の市街地見渡せるんだけど」
「本城の場所に、か?」
「そこで落ち着いて考えてみたらどうだ?」
これぞ名案、とばかりに、亮助は得意げに笑い、銃太郎に誘いかけてくる。
別に、今の城下を一望したところで、何かが変わるとも思えないが、亮助の折角の気遣いでもある。
少々山は高いが、それでも行ってみても良いかもしれない。
「そう、だな。行ってみるか……」
しかし、亮助はこんなところをふらついていて、構わないのだろうか。
ふとそんな余裕も生まれ、銃太郎はちらりと亮助を見遣った。
城の前を通りかかったのも、どこかへ出掛ける途中だったのではないのか。
「私に付き合っていて、大丈夫なのか、お前」
「えー? ああ、ま、学校行くとこだったけど、別にいーよ。あんたといたほうが面白そうだし」
「? そうか、それならば……」
まあ、いいか。
と言いかけ、銃太郎は気付いた。
学校。
学び舎へ赴く途中だと言うのか。
「それは駄目だ! お前、ちゃんと学校へは行け!!」
そういうことは、この時代にもちゃんと存在するらしい。
亮助も一生徒ならば、こんなところに留めるわけにもいかないではないか。
途端、亮助が苦虫を噛んだように顔を顰めた。
「何だよ、オレがいなくなったら、あんた一人だぞ? いいのかよ?」
「う……まあ、それは……」
「この時代はなー、怖いんだからな!? あんたみたいな体のでかい男だって、車に轢かれたら即死だぞ? 横断歩道の渡り方、知ってるか? 電柱の登り方、知ってるか? 蛇口の捻り方、知ってるか? なあ? なあ?」
ずいずいと、こちらの鼻先を押し上げるようにして、よく分からない念を押してくる亮助。
話の中に出てくる単語もよく分からないが、亮助の言うように、何も知らない。
「……すまん。全部知らん」
「だろ?」
銃太郎が素直に認めると、亮助は得意顔でにっこりと笑いかけた。
「オレに傍にいてもらったほうが、いいと思うんだけど?」
「……確かにそうだが……でもお前、学校は……」
「あんたもしつこいなあ。いいから。そんなもんは、サボりサボり!!」
吐き捨てるように言って、亮助はさっさと城門への石段を登り、ひらひらと後ろ手に手招いてみせる。
その後姿に、何となく不安を感じはしたものの、銃太郎も仕方なくその後について行ったのだった。
***
吹き付ける風を、遮るものすら皆無。
本城の跡は、ただ石垣が聳えるのみであった。
ここへ来るまでに眺めた、城内の風景も、銃太郎の見知ったそれではなかった。
本当に、ここが霞ヶ城であるのかと、疑いすらかけたくなるほどに。
屋敷の影も形も、その跡すらも無く、認められるものといえば、造られた池や滝、大きな赤松。
急勾配の石段をどれだけ登っても、人の姿さえ見当たらない。
もう、本当に長く、人が住んだことなど無いようだった。
高みへと登っていけば行くほど、風は寂しく、冷たいものへと変わっていく。
そうして、辿り着いた頂上は。
麓から見てきた全ての中で、どこよりも蕭々とした風の吹く場所。
桝形から見下ろせば、確かに、亮助の言っていた通りに街が一望できた。
その街の姿さえ。
「随分、緑が少ないな……」
一人ごちた銃太郎の隣で、亮助は清々しそうに深呼吸をする。
「そうかぁ? 山ばっかだと思うけど」
東に広がる街並みを眺めて思うこと。
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