第一陣 (4)

 

 体中の全感覚が、背中に集中しているような気分だった。

 たった今、諭されたばかりだというのに、一気に顔が火照りだす。

「そらそら瑠璃様! そやつの顔をご覧遊ばされよ! これが報われぬ恋に身を焦がす武士のかお――」

「えぇぇえ!? いや、ちょっとっ! あんた何でそれ言っちゃうんですかああああ!!?」

「さあさあ、穴の開くほどご覧に……!」

「え? 銃太郎殿の顔がどうかしたのか?」

 と、瑠璃も素直にすぐ間近から覗き込んでくる始末。

 勿論視線など合わせられるはずもなく、銃太郎は耳がますます熱くなるのを感じつつ、床板に目を逸らす。

「あはは、真っ赤じゃ。そうかぁ、近頃様子がおかしいと思って心配してたんだが……どこぞかの女子に恋をしていたとはなぁー!」

 何故早くに言わぬ、と瑠璃は笑い飛ばした。

 本当に、ここまでしても気が付かないとは。

 こんな状況で、どうしてその相手が自分だと気付かないのだろう。

「して? それはどこの女子じゃ?」

 平然と、どうしてそんな想いを引き裂くようなことが言えるのだろうか。

 と、銃太郎は意を決して間近に顔を寄せる瑠璃を振り向いた。

 ぱっちりと見開いた双眸と焦点が合えば、一層頬は熱くなった。

「何じゃ、そんな泣きそうな顔をせずとも、私は銃太郎殿の味方になるぞ?」

「私が慕っているのはっ……!」

「ば、馬鹿、貴様自ら言う気か!!」

「なになに、誰じゃ」

「それはっ……」

 告うか。

 告うまいか。

「ああっ、銃太郎! 蚊だっ!! 蚊がいるぞ!」

「は!?」

 と、いやに慌てた鳴海に目を向けようとした、その時。

「! ごっぱっ!!?」

 何を思ったか、鳴海の振り上げた大刀の柄が、銃太郎の脳天に直撃した。

 それはそれは重く、そして見事に鈍い音が鳴り響き。

 銃太郎はそのまま、目の前の瑠璃に倒れこんだ。

「だ、大丈夫か銃太郎殿っ!? ていうか鳴海はそなた、何のつもりじゃ!?」

「いや、蚊がおりまして!」

「こんな時期に蚊などおるか! 銃太郎殿、しっかり!!」

 と、頭上でがやがやと喚く声が、何故か遠く聞こえた。

 倒れこんだ身を受け止めた瑠璃の、腕の柔らかさを感じたのを最後に、銃太郎はふつりと意識を失くした。


   ***


 揺さぶっても、頬を平手で打っても、一向に目を覚ます気配のない、銃太郎。

 その大柄な身体を抱きとめて、瑠璃は青褪めた。

「起きぬぞ……」

「ははは、まさか。きっとその体勢が気に入ったので、気を失った振りでもしているのでございましょう」

 などと言う割りに、鳴海も目は笑っていない。

 ぴくりとも動かず、力の抜けた身体は、非常に重い。

「……」

「……」

「銃太郎殿が死んだ!!!」

「馬鹿な! こやつが死ぬわけがございますまい!」

「でも動かないじゃないか!! 下手人はそなたじゃ!!」

「あわわわわわ大丈夫です!」

「何が!?」

 打ち所が相当悪かったのか、幾ら呼びかけても、閉じた目は微かにも開こうとしない。

 これは。

 危険である。

「銃太郎殿、銃太郎殿っ!? 逝くな!! まだそなたの片思いの相手を聞いておらぬ!!」

「問題はそこですか瑠璃様!?」

「あそこまで言いかけて、気になるじゃろう!? そなた、知ってるなら私にも教えてくれ!」

「それはっ……」

「一体誰なのじゃ!? 気になって帰れぬ!」

「え、何、聞いたら帰るおつもりか! 銃太郎は!?」

「知らん! そなたが下手人じゃ、そなたが看ろ!」

「瑠璃様、意外と酷い!」

「知っておるのか、おらぬのか、どっちじゃ!?」

 じりじりと鳴海に詰め寄る瑠璃。

 既に、抱きとめていたはずの銃太郎は放り出してある。

「あわっ、そそそそれは!」

「それは?」

「…………わ、私でございます」

 その刹那、瑠璃は我が耳を疑った。

 私でございます。

 つまり。

 鳴海でございます。

「……」

「……」

「……そうか。いや、てっきり女子が相手とばかり思っていたが、うん、そうなのか。それで、そなたは銃太郎殿をどう思うておるのじゃ」

「え!? いやいやいやいや私は遠慮致したく……!」

 どうやら、鳴海は銃太郎に対し、何の感情も抱いていないらしい。

 なるほど、それで銃太郎はあれほど切なそうな表情をしていたわけか。

 と、瑠璃は何となく納得の行く気分である。

「銃太郎殿も可哀想になぁ……。鳴海、そなたも気がないなら、変に優しくして期待させてはならぬぞ?」

「はぁ……」

「よし、それじゃ私は帰る! 銃太郎殿が目を覚ましたら、すぐに報せを寄越せ」

「え!? 本当にお帰りになっ……」

「銃太郎殿も、好いたそなたの看護ならば喜ぶであろう」


   ***


 薄情なのか、気を遣っているのか、実に際どい言葉を残し、瑠璃は颯爽と道場を後にした。

 その場に残された鳴海は、ただ己の馬鹿さ加減を呪うばかりであった。



【第二陣へ続く】

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