第8話 異形
「っ、分かった」
先輩は悔しそうに発すると、駆け足で隣の部屋に向かっていった。何かを思い詰めるかのような表情に私の中で不安が生まれるが、構わず思考をシフトさせる。
ーーとりあえず、あの落書きみたいのを探すんだよね。
挙動のことは後で先輩に聞けばいい。仮とはいえ入部している今この現状ではさっきの紙に記された悪戯絵を見つけなければならない。どうせ誰かの悪ふざけだと思うから素早く探して亀裂がどうたら言ってた活動方針について尋ねないと。
そう思って周りを見渡すが、パッと見える感じだとこの教室にそんな絵があるようには思えなかった。
ーーやっぱり机の下とかに隠されているのかな。だったら少し面倒かも。
つべこべ言ってもしょうがない。鼻につく硫黄の臭みの元凶は後回しにするとしても今はやる事が山積み。このまま作業を始めて下校時刻に間に合うかは知らないがとにかく私は行うことにした。
〜〜〜
「え、嘘?」
窓側の席に近い机の順に片っ端から探していくとそれは唐突に出てきた。
ーー疑ってたわけじゃないけど、まさか本当に見つかるなんて。
黒のクレヨンで描かれた黒い棒線。子供の落書きの技量で描かれた雑な落書きが机の裏側に描かれていた。見た目は先輩が見せてくれた絵と同等と言っていいほど。というか絶対あれを完璧に模写したでしょ、これ。重なった黒い棒線から色の濃さの部分まで何から何までそっくりなんだけど。
目を泳がしてじっくりと観察する。誰にも気づかれない位置にあったその落書きは不気味な雰囲気を醸し出していた。
ーーこの机に座っていた誰かが描いたなら椅子の下にもあったりして。
なんとなくその場の感覚で椅子の下も調べようとする私。
今思い返せば浅はかだったかもしれない。観察に酔いしがれていた自身の背後には恐ろしく気持ち悪い存在が蔓延っていたのだから。
「楽しいそうだなあ」
「!?」
消えるような、しかしとても近い女の子の声で、ハッキリと聴こえた。羨ましそうに、それでいて妬むような声色。体が震え、しゃがんでいた私の膝はガクガクになり肌に鳥肌が浮き出る。頭の中を恐怖という感情が締め上げていた。いつの間にか電気が消えていて夕刻の日の光だけが差し込むこの教室に異様さが残る。
ーー何かがいる!
振り向いてはならない。寒くて苦しい。奇々怪界な教室に怖気つく私。
「いいなあ、いいなあ」
両耳で吐息のようなそんな声が聞こえ始めた。ゾゾゾと脳天から足元へと鳥肌の波が再び走る。
なんだこれは。
怖いという気持ちが心に溢れる。背後で薄気味悪い空気が流れ出てきた。やけに鼻につく匂いから察するに硫黄の原因はこれらしい。……って分析してる場合じゃない。やばいやばい。真面目にやばい、洒落にならない。
「楽しそうだなあ〜、私も遊びたいなあ〜」
気味が悪い、気色が悪い、ただただ気持ち悪い。今すぐここから逃げ出したい。
けど……怖くて振り向けない。
その時、後ろで聞こえた声の音色が変わる。
「ねえねえ、こっち向いてよぉ」
「ー!?」
「私ねえずっと見てたんだよぉ。あなたがこの教室に入ったその瞬間からずーーと眺めてたのぉ。ここの教室いつも同じ人しか来ないからさあ、知らない女の子が入ってくるなんてびっくりして見てたんだよねえ。お兄ちゃんも居なくなっちゃったしここにいる理由はなかったけどぉ、それも導きだよねえ、だってえ、だってえだってえだってえだってえだってえ!!」
パリンッ!!
一番近い窓ガラスが割れる。続けて一斉に音を立てて割れ続ける。
それは人間のものではない。明らかに異形の者による力の振動がガラスを割ったのだ。
怖い怖い怖い怖い。胃の奥が沈むような恐怖を感じながら、ガタガタと前歯を鳴らして頭を俯ける。
だがその先には……顔があった。
ニタァと笑いながらこちらを捉えるその顔の半分ぐらいが潰れていた。ボロボロに砕けた醜い顔面に外れた唇が中の歯を覗かせながら上下運動をする。
そして一言。
「こんなに美味しそうな肉があるんだからぁ!!」
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一部表現を他作から引用しております。ラブコメ要素は少々お待ちを。
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